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パチスロ青春小説マーベリック
2023.04.01
パチスロ青春小説 マーベリック 第1章「3人」
【登場人物】
エリート
店のクセを見抜いて状況を瞬時に読み取る、仲間を率いる若き司令塔
キャバ
美貌と強運をあわせ持つ紅一点、破天荒ながら3人をつなげるムードメーカー
ヲタ
驚異的な記憶力と忍耐力を持つ、彼らの稼働と収支を支える執念の獣
午前8時50分、上野駅コンコース。
改札から吐き出される通勤客が地下鉄への乗り換えに流れていく中、アメ横方面へ歩いていく人影はまばらだ。
ただ、その数少ない人間の中ではなぜか20~30代と思わしき男の私服姿が目立つ。
カジュアルで無難に服装をまとめた者もいるが、ジャージやクロックスといった軽装で髪を染めてる者も少なくない。そしてかなりの確率でマスクをしている。
平日の朝、そんな風貌で繁華街を徘徊する若者たち……それはかなりの比率で“専業”である。
パチンコ・パチスロを生業とする社会の底辺、いやその一歩手前で生きる者たちだ。
上野駅からアメ横に向かう横断歩道で信号を待つ身長170センチに満たない小柄な青年は、尻ポケットからスマホを取り出すとSNSアプリ“ライン”のグループメッセージを開いた。
『もう着いてるよ♪ エリちゃんとヲタくんは?』
『近くのドトールで待機してる。あといい加減に、ちゃん付けはやめないか?』
『いーやだ。エリちゃんはエリートの卵で強がっててかわいいから、エリちゃんなの』
『好きにしろ。ヲタは?』
スマホを見つめる青年は慣れない手つきで指を動かした。
『いま駅を出た』
『ヲタくんが遅れるわけないじゃん。だってヲタくんだよ?』
『意味が分からない』
『じゃあいつも通りに。キャバは早め、ヲタは真ん中、僕は最後方に』
『オッケー!』
『分かった』
そこでグループメッセージが終わると、青年はスマホを無造作に尻ポケットに戻してアメ横へと向かっていった。
上野駅と御徒町駅の間に続くアメ横を中心とした繁華街には、多くのパチンコ・パチスロ店が並ぶ。
戦後復興の闇市が後のアメ横へと発展し、そのアンダーグラウンドな文化を担う一員としてパチンコ・パチスロは欠かせないものだった。
現代でこそ首都圏の玄関口は東京と上野が肩を並べるが、戦後長らく上京と呼ぶその行き先は上野だった。そういった交通や同業者が群れを成す都合のよさから、パチンコ・パチスロメーカーも支店やショールームを上野に開くようになり、通称“上野パチンコ村”と呼ばれるようになった。
だが、パチンコ・パチスロに興じる若者たちにとって、そんな背景など関係ない。
ましてや、しのぎを得ようと店を選び入場抽選に並ぶ専業たちにとっては、その店が出してくるか、自分がその恩恵に預かれるかしか考えていない。
『抽選の並びは80人弱だった。各自、結果は?』
『8番、もっといい番号引けると思ったんだけどな~』
『31番。これで問題ない、マイ3に行く』
『で、エリちゃんは?』
『聞くな』
『エリちゃん、ほんと引き弱いからね』
『君と比べられても困る。僕は適当に腰を下ろす。キャバは押さえられるなら絆を』
『言われなくても絆打つもん!』
『俺はいつも通りでいいか』
『問題ない』
『Aタイプ打たせたら一級品だからね、ヲタくんは』
ヲタはメッセージを返さず、目立たない路地の角に立ち周囲を眺めた。
再整列を待つ、所在なく店の周りをうろつく若者たちの群れ。
本来は何かしらの勤め先で汗水流して働くべき者。キャンパスで学業とモラトリアムにいそしむべき者。それらをサボるか、放棄した者たちの集まり。
ここにいる者たちのすべてが専業ではない。正確には、専業と呼べるものではない。
『いつもより軍団が多い』
『アタシも気付いてた。駅前で引き子に金渡してる普段は見かけない親とか見かけたもん』
『上野の引き子や打ち子の募集ツイッターが昨日はいつもより多かった。分かりやすい取材系イベントが近郊に少ないからだろう。だが、心配の必要はない』
『あいつら馬鹿だもんね~』
『割の高い台から埋めていくだけだから利用しやすい』
『その通り。今のうち、顔を覚えておいてくれ』
『言われなくてもやってる』
『そんなヲタくんみたく全部覚えるなんて無理よ。そんなもん雰囲気で分かるじゃない?』
『キャバはそれで十分だ。指示……フォローは僕がする』
『あ、まだ親やってた時の口癖抜けてない』
『俺たちは軍団じゃない』
『分かってる、言い換えただろ』
『ああ、エリちゃんいじるの楽しいな~』
『入場時のグループ通話は開けておくのか』
『念のためいつも通りに』
『了解』
『あいさ~』
ヲタはスマホから目を離すと、反対側の路地で独り紙コップのコーヒーを口にしているエリート、パチンコの常連客らしい老人たちに囲まれているキャバを確認した。
稼働前に2人と直接話すことは無い。
ヲタは周囲から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「お前どこ行くんだよ?」
「そんなのRe:ゼロに決まってるじゃねえか。機種1あるしワンチャン全系あるぜ」
「たしかに最近Re:ゼロやってないけど……鏡も怪しくねえか」
専業もどきの養分のたわごと。限りなく薄い根拠と希望的観測で財布の金をばらまく、哀れな豚に考える知能は残念ながら生まれもって与えられていない。
別の方向からも能天気な声が聞こえてくる。
「それでさ、フリーズから5000枚だぜ? 簡単なんだよ俺の手にかかれば」
「俺だって継続率80%引っ張ってきて万枚未遂だぜ?」
「やべーな、今日も勝っちまったらどうする?」
「そんなの焼肉からガールズバーに決まってんだろ」
「ああ、こんな簡単に稼げて大学なんて行ってられないぜ」
お前ら、その裏でいくら負けてるか収支も付けてないだろう?
カードローンの引き落としを今月はしのげたか? 学生ローンと消費者金融で借金を借金で返す死のダンスをいつまで踊ってるんだ?
もっともお前らのような頭がお花畑な輩がいてくれるから、ホールと俺たちが食っていけるんだけどな。
ヲタは自分の胸がどす黒い感情に冒されていくのに気付き、振り切るように再びスマホを手に取った。
『ヲタくん、いまものすごい顔してたよ。リラックスリラックス♪』
ヲタはキャバのいる方向へ顔を向けると、キャバはウィンクして見せた。
ヲタは顔を赤くして地面を見つめることしかできなかった。
『他の奴らが何を言おうと、ヲタの人生には何の関わりもない。言わせるだけ言わせておけばいい、ついでに金も落としてくれる奴らだ』
続くエリートのメッセージに何か返事をしようとすると、通りにホール店員の声が響いた。
「間もなく再整列を開始します。番号1番から10番の方はこちらに……」
ホールに群がるハイエナたちが動き出す。
ヲタはスマホにつなげたイヤホンを耳に装着すると、まもなくラインのグループ通話呼び出しがかかった。すぐに2人の声が聞こえてくる。
「前の方に並んでる奴らの様子は?」
「ほとんどが引き子っぽい連中ね。何か慣れてない感じでキョどってるお爺ちゃんとかもいるし。それともアタシの見間違いかな?」
ヲタはイヤホンに付属したマイクに小声でつぶやいた。
「いや……間違いない。俺も見てる……」
「そのまましばらくは打たせておくのだろう。上野では緩いホールとはいえ、このホールもあからさまな軍団には声をかけてるから」
「必死に渡されたっぽいメモを見て、絆はどこにあるか店員に聞いてたりするんだもん。なんかもう一周回ってかわいい感じ……あ、列動くよ」
「ただ今より入場を開始します。5名様ずつの入場となります、駆け足追い抜き等の行為は見つけ次第ただちに退店していただきますのでご協力お願いいたします」
店員が電源の切られた自動ドアを手で開けると、人が店内へと吸い込まれていく。
この時だけは誰もが目を輝かせ、自らの勝利を疑わずに目当ての台へ向かっていく。その半数以上が数時間後に生気を失った目でこの場を去ることも忘れて。
「中入った、絆の島中の台押さえたよ。マイ3はまだ余裕あるかな」
「……候補はいくつかあるから……問題ない」
「他の様子は?」
「それっぽい奴らは番長3埋めてるね。あとRe:ゼロと鏡も」
「今日は……大都機種は強くないはず」
「ありがたい話だ。では通話は終わりに」
「……ん?」
「どうした?」
「ううん、何でもない。気にしないで」
「俺も候補台を押さえた」
「では後はいつも通りで」
ヲタはラインのグループ通話を切ると、イヤホンを胸ポケットにしまった。
列の最後方から店に入ったエリートは、足を早めることもなく定められたかのように台の並ぶ島の通路を端から歩いていく。
その目には台の挙動だけでなく打ち手の姿も映し出されていく。
キャバの報告に間違いはない。素直に割の高い台から埋まっている。
気になる打ち手は、風貌と彼らが小役カウンターやパスワード入力をしているかを覚えておく。
打ち手によってはあからさまに打ちながら周囲をキョロキョロと観察しているが、このホールの特日は全リセで間違いない。
機種によって朝イチ高確や天国スタートに大きな設定差がついている場合もあるが、それを根拠にドタバタ動くほどでもない。ただ、頭の中にインプットしておけばいい。
まど2の夕方高確スタート、2台。下皿の持ち玉からサラ番の仁王門、1台。Re:ゼロの50Gゾーン前兆、2台。
番長3の通常BB、1台。あくまで実戦値からだが、番長3の朝イチ通常BBはあてにならない。そんなことは、まともな専業なら誰だって知っている。
ノーマル島はマイ3が5割、あとは2割ほどの客付き。ヲタもマイ3に腰を下ろしている。
そしていまだメイン機種としてあつかわれている絆にはキャバが……いない。
エリートはフロアの端にある休憩スペースのソファに腰を下ろすとラインを起動した。
『キャバ、どこ行った?』
『それが……へへへ、やめちゃったw』
『えっ!?』
『…………』
『とりあえずバラエティのリセット漁ってる。くわしいことは後で話すから』
『……分かった』
『キャバが……そう言うなら』
エリートは立ち上がると、再び台の並ぶ島中へ向かった。
絆が1台空いていたので腰を下ろすと、周囲に覗かれないように腰のあたりに手にしたスマホを開いた。
『やめたのは、このBC2スルーの台か?』
『そんなバカみたいなリセット狙いするわけないじゃん』
『それもそうか──しばらく僕が回して周りを見ることにする』
『ごめんね~その絆が良さそうでRe:ゼロがスカったら、今日はアタシがオーダーするよ』
『俺がオーダーをしてもいい。キャバが代わってくれるなら』
『それは無理! ジャグとか死んじゃう、3分で気失っちゃう!』
『そこは状況に応じて。今日のホールはいくら狙いを絞ろうと朝座った台が当たりでした、というほど簡単ではない』
『たまたま出ちゃうとありがたいんだけどね~』
『そんなに甘くない……でも、キャバは出してしまうけど』
『上ブレも下ブレもある、確率なんて一生収束なんかしない』
『だったら出したもん勝ちだよね』
『否定はしない。とにかく、今日は全員がオーダーのつもりで行こう』
『それがいい』
『いつもエリちゃんに任せっきりじゃ悪いしね~』
エリートはラインを閉じると、会員カードを右手のサンドに差して貯玉を下皿に流した。
3人の間で、1枚の会員カードを使った貯玉の共有はしない。ましてや1人で複数枚のカードを作ることもない。
ホールが禁じていても軍団や打ち子グループではそうすることが常識だが、俺たちはやらない。
ホールにばれた時の出玉没収を避けるリスク回避が半分。
もう半分の理由は……3人が決めた、約束だから。
他人がすることの善悪なんて関係ない、これは僕たちが決めたこと。
(さあ、今日も僕たちの戦いを始めよう)
心中でそうつぶやくと、エリートは下皿のメダルを手に取った。
ここは世間の人々が俗にパチプロと呼ぶ中で、回胴式遊技機“パチスロ”で金を奪い合い、それで生計を立てている専業が存在する世界。
これはそんな“ホール”と呼ばれるパチンコ・パチスロ店を舞台に戦う、数奇な運命で出会った3人の若者たちの物語だ。
次回予告
エリート、キャバ、ヲタ、3人の戦いが始まる。状況が見えてくる中、彼らはどう立ち向かうのか?
第2章「立ち回り」。
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- じく
- 代表作:パチスロ青春小説「マーベリック ─ホールの異端児たち─」、遊技林、ゆる調
元ゲームメーカー勤務、現在フリー。前職ではシナリオ・マニュアル・キャッチコピーなどのライターとして過ごし、パチスロを題材とした小説も執筆している。
e-sports系やMリーグ観戦が大好き、たまにTwitchで雀魂やウマ娘やフロムゲーを配信したりもするスロ系でもありゲーム系でもあるオジサンです。
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