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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2023.08.01
命より大切な物~カミとの聖戦~
前回のあらすじ
深夜実戦からメーカー取材へ向かう間、ネカフェで仮眠を取ることにしたラッシー。しかし、ネカフェに入る際のエレベーターで思わぬ衝撃を受けることとなる。モニターに映し出されたエレベーター内の防犯カメラ映像。そこには〝肌色一色〟の頭が! 短髪ではあるものの、まさかカメラに認識されないほどAGAが進行していたとは!! かくしてラッシーは、今一度フサフサを取り戻すと決意したのだった。
前回(前編)はコチラ
後輩編集「…さん、ラッシーさん聞こえてますか?」
後輩の声で我に返ると、眼前では左だけ止められたリールがクルクルと回っていた。
――「あ、ご、ゴメン」
ごまかすように左手のバインダーを持ち直し、ペンを握ったままの右手で中・右リールを止めた。次いで姿勢を正し、改めて目の前の新台に向き直した。朝方に受けた衝撃が、なおも脳内に居座っている。
後輩編集「深夜実戦でお疲れのようですね」
――「いや、そんなわけじゃないよ。まだそんな歳じゃ……」
言いかけて飲み込んだ。21歳で編集部に入り、気付けばもう35歳だ。自覚がないだけで十分〝そんな歳〟なのだろう。この仕事をしていると、どうも年齢の感覚が狂って仕方がない。周りの先輩も同世代も、一般カタギの人々と比べるとあまりにも若すぎる。
「苦労してないから若いんだろ?」と言われそうだが、そういうわけではない。動画や誌面に出演する先輩・同世代は、やはり身なりに対する意識が高いのだ。口では「気にしてない」とか言いながら、しっかりボディケアをしているのである。
対して俺は……。
後輩編集「…さん、ラッシーさん?」
――「あ、……ゴメンなさい」
また手が止まっていたらしい。こんなに集中を切らすようではプロのライターとして失格だ。もう一度姿勢を正し、大きく息を吸って台に向き直った。
頭髪が薄いうえにデータ採りもできないようでは〝ただのハゲ〟。一旦、髪のことは忘れ、取材が終わるまで仕事に集中しよう。そう誓って以降は、どうにか集中力を切らさず夕方まで走り切れた。
しかし――
兆候。
編集部員たちと別れ磯子行きの電車に乗ると、急に睡魔が襲ってきた。空いているシートに腰掛けると、電車はほどなく滑るように走りだした。俺は膝上に載せたバッグを抱え目を瞑った。
思い返せば〝兆候〟はあった。数か月前の編集部でのことだ。
その日はライター・演者がたくさん集まり、編集部の奥にある休憩所はいつも以上に賑わっていた。俺は同世代のライター・演者たちとソファーに腰かけ、たまにしか会わない同僚たちとの雑談を楽しんでいた。
演者C「ラッシー、今日のシャツかっこいいじゃん」
――「いや、いいよ! イジんなくて!」
演者C「いやマジだって」
――「はいはい。もういいって!」
演者C「マジでシャツかっこいいって、ハゲのクセに」
――「いや、ハゲは余計やろがい!」
ドッと笑い声が上がる休憩室。そこに若手女性ライターが複数名入ってきた。
演者C「ハゲのクセにシャツかっけ~w」
――「いや、お前もハゲてるやろがい!」
そうして互いに「ハゲ!」「ハゲ!」と言い合いながらハシャいでいると…
若手A「もうヤメなよ!!」
演者C&俺「えっ!!?」
新人女性ライターのAが急に大声で割って入った。あまりの出来事に呆気にとられる俺とC。なぜAが大声を出したのか誰も理解できない様子で、みなの注目が一斉にAへと集まった。
若手A「ラッシーさんにハゲなんて言っちゃダメだよ!」
――「………はいぃ?」
Aとはひと回りほど離れているが、動画や誌面企画で一緒になる機会が多く、それなり仲良くやっていた。とはいえ、この状況はなんだ。それほど慕ってくれていたのだろうか?
若手A「ラッシーさんはハゲじゃないの!」
――「え?」
若手A「ラッシーさんは〝生まれつきの病気〟で、人よりちょっと薄いだけだもんね? ハゲたわけじゃないもんね?」
――「は? え…いや……」
コイツは何を言っているのだろうか? たしかに先天的な病や、その治療によって毛髪が薄くなるケースもある。しかし、俺にそういった事情は無いし、Aに対しそんなウソをついた覚えも無い。
若手A「だからみんな、ラッシーさんにハゲなんて言っちゃダメだよ!」
しんと静まり返る休憩所。みな気まずそうに下を向いている。一見チャラチャラしているAだが、きっと純粋で優しい子なのだろう。
――「………ハゲてんだわ」
若手A「えっ? ラッシーさん?」
――「生まれつきでも病気でもない。ハゲてんだわ」
若手A「えっ? ウソ…そうなの?」
俺はゆっくりと首を縦に振った。その後、休憩所に笑い声が戻ることはなかった。
あの時の、あの冷えきった空気。そこで事の重大さに気付くべきだった。同世代同士ならハゲいじりも笑いになるが、若手に気を遣わせるようではいけない。潔く、分かりやすくツルッといくか、ハゲと思われないように生やすかの二択しかない!
まだ35歳だ。
諦めるには早すぎる。
気付けば睡魔はすっかり消えていた。俺は向い側の窓に映る自分の顔を眺めていた。
デヤクとして。
AGA治療薬を服用している仕事仲間に話を聞くと、薬は2種類あるらしい。一つは脱毛を防ぐ役割の「a」。そして、もう一つが発毛を促す「b」だ。なお、aは国内で承認されており、普通に皮膚科で処方してもらえるとのこと。
問題は発毛促進のbのほうだ。現代でも口から摂取する「内服薬」は国内で承認されておらず、個人輸入で海外から入手する必要がある。違法ではないものの、言わずもがな〝何があっても自己責任〟だ。
そしてa・bともに副作用がある。
■主な副作用
a…肝機能障害、男性機能低下など
b…血圧上昇、動悸、めまい、多毛症など
いきなり国内未承認のbに手を出すのは怖いため、まずは皮膚科でaを処方してもらうことに。男性機能の低下は少しばかり恐ろしいが、すでに娘がいるし、機能が停止したとしても諦めはつく。が…
数ヶ月服用を続けても効果がほとんど感じられない! 懸念していた男性機能も、これっぽっちも衰えない!! ホントに効いてんのかこれ? 俺には時間が無いのだ!
AGA治療は、毛根が生きていることが前提となる。毛根が死んでいたら、治療薬を服用してももう遅い。あまりゆっくりしていると加齢によって毛根が死に、薬が効かなくなる恐れがある。焦った俺は、さっそく個人輸入でbを購入することにした。
副作用の内容や強さは人それぞれだが、もともと血圧が高い俺だ。下手したら命にかかわる恐れもある。しかし、髪が薄いというコンプレックスを背負いながら生きる人生に、どれだけの価値があるだろう。
誤解なきように書いておくが、俺は断固、薄毛を否定しているわけではない! 薄毛だからといって人として劣るわけではないし、毛量の多い・少ないで人間の価値は決まらない。だから「抵抗しない」という選択肢も全然アリだ。
俺も遅かれ早かれ〝その時〟は必ず訪れる。全力で抵抗したとしても、いずれ必ず受け容れる時が来るだろう。
しかしながら、こうやって誌面や動画に出演させていただく出役(デヤク)の身だ。読者・視聴者には、できれば毛量の多い・少ないを気にせずコンテンツを楽しんでいただきたい! 読者・視聴者にとって、俺がハゲているかどうかは〝要らない情報〟なのだ。
「こいつ良いこと言ってるけどハゲなんだよな」などとは思われたくない。
いくら女性やマスコミが「薄毛は気にしない! 男は中身!!」と言ったとしても、我々薄毛の人間は常々感じているのだ。薄毛に対するヘイトを。世間がどんなに隠そうとも、我々は敏感にそのウソを見抜いているのである。
「あ、気遣われてるな」と思いながら暮らすのは、やはり気持ちがいいものではない。
強烈な副作用。
bの服用をはじめて数週間が経つと、さっそく目に見える効果が現われた。頭皮に産毛が出てきたのである! が、同時に顔・腕・指の毛も濃くなってきた。もともと体毛が薄かったおかげでギリギリ許容範囲だが、どうしても気になれば処理すればいい。
なにより重要なのは〝頭髪が生えた〟という事実。
その喜びに比べれば、体毛が濃くなることくらい、どうということはない! 体調が悪くなっている様子もない。これならあと10~20年は自毛のままでいけそうだ。そう思っていたのだが…
ある晩のこと。寝ようと思いベッドに入ったところで異変が起きた。
――「うぐぅぅぅ~~~」
カミさん「ど、ど、ど…どうしたの?」
――「すぴん」
カミさん「スピン?」
――「せ、世界がスピンしてるぅぅぅ~~~」
人生で初めて経験した強烈な〝めまい〟。いや、あれを〝めまい〟と呼んでいいものか。目を瞑ると世界が超高速で回転する感覚に襲われるのである! まるで洗濯機の中に入れられているように。俺は何も抵抗できず、ただ歯を食いしばって耐えるしかない。
翌日も、そのまた翌日も強烈な〝めまい〟は襲ってきた。
カミさん「なんなの? 怖いんだけど」
――「たぶん薬の副作用だと思う」
カミさん「もうヤメたら? 見てらんないよ」
――「イヤだ! かっこいいパパになるんだ!」
カミさん「ったく、髪のために死なないでよ?」
――「死ねるか! 生やすまでは!」
この頃は〝命より髪が大事〟というマインドだった。もちろん死んでしまってはハゲもクソもないのだが、それくらい強い意志がないと自毛を取り戻すなど不可能だと思っていた。
こうして超高速スピンの〝めまい〟と格闘すること数ヶ月。遂に俺は克服した…らしい。気付いたら〝めまい〟に襲われることも無くなっていた。そして頼りなかった産毛たちも、太くしっかりとした髪に成長! 十分満足のいく効果を得られた。
ちなみにbによる〝めまい〟に悩まされた日々は、たしかに〝毒を喰らっている〟という実感があった。体が「これは良くないものですよ」と拒否反応を示していたように思う。それでも服用を続けたことで、体が慣れてたという感覚だ。
国が易々と承認しなかったわけである。
家族。
bの服用をはじめ半年ほど経った頃、実家の両親が千葉にある姉の家を訪れることになった。滅多にない機会なので、俺も妻子を連れて会いに行くと…
――「おう、お母さん久しぶり」
母親「久ぶ……えっ?」
挨拶もそこそこに、なにやらゴニョゴニョと小声で話し合う両親。
――「ん? どうした?」
母親「いや…お前、カツラにしたんだな」
――「はあ゛あ゛!? 自毛じゃ!!!」
母親「え? だって…ねえお父さん」
父親「ああ、前に帰省した時『もう次ぎ会う時はツルっぱげだな』って思ったがら」
――「あ…ああ……」
実の両親にカツラを疑われるとかある? 数年ぶりに会った第一声がそれかよと、とても悔しい気持ちになりました。俺がハゲることは、そのくらい五十嵐家において確定事項だったのだろう。
かくして現在も、なんとか毛髪と仲良くしているというわけでございます。カメラ前で明るく振る舞っているライター・演者も、同じようにAGAと戦っているのかもしれません。
※注意※
当記事はAGA治療薬の服用を推奨するものではございません。AGA治療の際は医師に相談し、適切な治療を行ってください。なお、当記事の治療を真似て体調不良を起こした場合、効果が出なかった場合の責任は一切負いかねますのでご了承ください。また、AGA治療薬の扱いにはたくさんの注意点がございます。ご自身で調べたうえで、自己責任にてご使用ください。
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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