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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2024.04.23
パチスロ攻略ライター時代の終焉~精神崩壊。35からはじめる動画編集~
前回までのあらすじ
パチンコ・パチスロ業界の動画時代に適応すべく、動画の制作会社の設立を目指すこととなったラッシー。動画班チーフの助けもあり、編集部のドンである部長の許可・協力も得られた。しかし、いきなり会社をはじめるわけにもいかない。まずはチーフに教えてもらいながら、動画編集を学ぶことに。すると部長から「もう番組はじめちまおうぜ」と衝撃的な提案が! かくして編集経験ゼロのまま、いきなり実戦投入されることとなった。
チーフ「どう? 見比べて」
――「んー…ちょい待って」
あの面談から数日後。
チーフとの通話をスピーカーで繋ぎながらパソコンのモニターを睨んだ。チーフから送ってもらった「編集ソフトの動作に必要なスペック表」。それと自分のパソコンのスペックを見比べた。
――「大丈夫そう。ギリギリかもだけど」
チーフ「それは良かった」
ライター業もパソコン仕事ではあるが、使用するのはメールやテキスト(ワード)、エクセルくらいだ。それゆえ、これまでスペックなど気にしたこともない。数年前に調子に乗って買った高いパソコンは、幸いにも動画編集に耐えられるスペックだったらしい。
――「ちなみにパソコン買い換えるならいくらぐらいだったの?」
チーフ「う~ん、周辺機器含めて少なくとも30万以上かね」
――「たっか!! マジ!?」
チーフ「少なくてもね。余裕持たせたら40万は超えるかな」
――「こっわ……何それ」
将来的に制作会社を設立したら、それを何台も用意する必要があるわけだ。想像しただけでも頭が痛い。とりあえず今のパソコンで編集を学びつつ、資金を貯める必要がある。
チーフ「編集ソフトに動作確認用のお試し版あるから、まずそれダウンロードしてみて」
――「ちゃんと動くか試せばいいのね?」
チーフ「そう。パッケージ版買ってから動かないんじゃ困るからね」
――「了解! やってみるよ」
チーフ「ちなみにメモリいくつなん?」
――「んー、8GBって書いてある」
チーフ「少なっ! 増設したほうがよさそうだけどな」
――「ぞ、ぞうせつ? どゆこと?」
チーフ「ははっ、ラッシーさんとパソコンの話するとおじいちゃんと話してるみたいだ」
――「すまんね」
現在も詳しいというほど自信はないが、この2016年頃は今よりずっとパソコンに無知だった。現代の動画編集ではグラフィックボード(グラフィックカード)というPCパーツが重要だが、当時はまだCPUとメモリが重視される傾向にあったと思う。
チーフ「まあ、実際やってみて問題出たら対処かな」
――「そうだね」
どうやら覚えることは多そうだ。30代半ばから覚えられるだろうか。そんな不安は、あの面談以降ずっと脳内に居座っている。
覚悟の初期投資。
チーフ「で、編集ソフトなんだけどホントに自腹で買うの?」
――「そのつもりだよ」
チーフ「領収書もらって、編集部でつけてもいいからね」
――「……いや、それはやめておく」
編集部の動画だけを編集するのであれば、たしかに編集部の経費として落してもらえばいい。けれど制作会社として編集部以外の仕事も受けるのであれば、ソフト代を編集部に出させるわけにはいかない。
つい忘れがちになるが、俺は編集部の専属ではナイ。一応フリーランスなのだ。ソフト代は7万円強と安くはないが、ここで甘えるわけにはいかない。これは覚悟の初期投資だ。
チーフ「明後日、編集部来れないんだよね?」
――「そう、残念だけど」
明後日には紙の編集者の希望者に対し、動画撮影・編集の勉強会が開かれる。もちろん参加したかったが、ほかの予定があり叶わなかった。ちなみに参加者は6名ほどいるらしい。
チーフ「勉強会の様子は動画で撮って共有するから」
――「OK。直接聞けないのは残念だけど、それ見て学ぶよ」
チーフ「うん、頑張って! あと編集長から連絡あった?」
――「収録日でしょ? あったよ」
部長がその気になってくれたおかげで、編集部の動きは早かった。営業さんも動いてくれて、俺が担当する番組の収録日も決定した。俺が不安になっても立ち止まる隙がないほど、あれよあれよと番組作りが進んでいく。
チーフ「番組の美術(テロップデザインなど)は、今回ボクが手伝うね」
――「ありがとう」
チーフ「ラッシーさんは台本作りと、衣装・小道具手配して」
――「大丈夫。衣装ももう発注してるから」
チーフ「いいね! じゃあ、なにか困ったことあったら連絡して」
――「はーい。とりあえず編集ソフト試して購入しまーす」
こうして着々と準備は進んだ。俺は収録日を迎えるまでの間、ノートにメモをとりながら何度も繰り返し勉強会の動画を観続けた。
動画編集デビュー。
新番組の収録は、トラブルもなくスムーズに終わった。俺はディレクター兼出演者で、チーフはカメラマンとして同行してくれた。もちろん新番組という緊張感はあったが、俺も出演歴はそれなりに長い。
CS放送やYouTubeで活躍する演者ほどではないにしろ、そこまで悪くない動画素材は用意できたハズだ。
しかし、問題はここから。
収録の翌日から、いよいよ初めての動画編集がスタート。が、さっそく壁にぶち当たる。とにかく想像を絶するほど時間がかかるのである!
チーフ「撮影素材は〝粗編〟しながら一通り全部観てね」
――「ぜ、全部? りょ、了解です!」
〝粗編〟とは、絶対に使わないであろう部分を削ぎ落してOKカットのみを残す作業のこと。撮影素材は概ね6時間強なので、単純に〝ただ観るだけ〟でも6時間強かかる。そのうえ慣れないカット作業をするため、一周観るだけでも半日以上を費やすこととなる。
1日の労働時間を8時間とするならば、たった一周でそのほとんどを費やしてしまうのだ!! そして、やっとのことで粗編を終えると…
――「どれ、だいぶ尺(※)縮まったかな~?」
※尺=動画の長さ(時間)のこと
――「な!? まだ5時間もある! 全然縮んでない!!」
実戦番組の総尺(全体の長さ)は、25分~1時間程度が一般的。『タイタニック』より長い実戦番組を、視聴者が飽きずに観るのは極めて難しい。6時間強の撮影素材も、1時間以下にまで縮める必要がある。
これが想像以上に難しい。
粗編後から本格的なカット作業に入るのだが、「ここは落したくない」、「ここは絶対に必要」、「この笑いも捨てたくない」…といった具合に、まったくと言っていいほど尺が縮まないのである。
2度目のカット作業が終わっても、動画の総尺は4時間オーバー。3度目のカット作業が終わっても、まだ3時間オーバー。一向に縮む気配がない。
そうこうしているうちに、2日・3日・4日…と時間だけが過ぎていく。それはそうだろう。1周をただ観るだけでも3時間・4時間とかかるのだ。「どこを落とすか」を考えながらカットをすれば、時間は2倍にも3倍にも膨れ上がる。
この作業があまりにも苦痛すぎる!! 想像を遥かに絶する苦痛具合だ。「ここは面白い」とか「ここは残したい」と思っても、それをすべて残せばとてもじゃないが1時間以内に収まらない。
素人にとって、この〝落す・残す〟の判断があまりに難しい。「もう無理だ! これ以上落とせないよ」と思っても、まだ2時間半とかありやがる。たかがラッシーの実戦番組がハリウッド超大作より長いなど、許されるわけがない!!
こうして動画を数分削っては日が落ちて、また数分削っては日が落ちて…という地獄のような毎日を2週間ほど過ごした。
幸い公開日は決められていない。
初めての編集ということで、編集部サイドも相当時間がかかると予想していたのだろう。撮影に協力してくれたホールも状況を理解してくれているようで、公開を急かすような連絡もなかった。それが救いだったが、今にして思えばさすがにお待たせしすぎたと思う。
部長は顔を合わすたび「動画どう?」、「進捗どう?」、「時間かかりすぎじゃねーか?」とはっぱを掛けてきたが、俺は「はい、スミマセン…」と力なく受け流すだけだった。
どうにかこうにかカット作業を終え1時間以内に収めた頃には、収録から3週間が過ぎようとしていた。冗談に見えるかもしれないが、初めてのカット作業はそれくらい難しかったのである。
次なる地獄。
カットを終えて尺が確定すると、やっとテロップ入れの段階に入る。しかし、これまた想像を遥かに絶する地獄だった。
ライター業を10年以上続けているため、タイピングの速さには相応の自信があった。しかし、テロップ入れに必要な能力はそれだけではない。数種類のテロップを使い分け、同じフォントでも色を使い分けたりしなければならない。
たとえば「このベル出現率に設定差があります」という短い文章でも、ベルの部分に図柄を入れ、設定差の部分だけを黄色や赤など目立つ色にする必要がある。
ベル図柄も、ただポンと置くだけではいけない。見やすいように白フチをつけ、さらにその外側に影(シャドウ)を入れたりする必要がある。慣れれば前に使った図柄のフチや影を流用するだけだが、初心者だとそれすらも難しい。
文字色を部分的に変えるのも、一旦別のテキストに切り替えて…などと思いのほか時間がかかる。該当部分をマウスで指定してボタン1つで、とはいかない。そして複数に分けたテキストをキレイに整列させ、画面内の決まった位置に配置して…と細かな調整も必要だ。
また、作成したテロップを、どこから何秒間表示するか。そしてテロップを出す際に、どのエフェクトを適用するか、SEを付けるのか…と、とにかく工程が多いのである。
たった5分のテロップを入れるのに、平気で1時間を要したりする。いや、それでもまだ優秀な速さと言える。10分のテロップを入れるのに1日を費やすことも珍しくない。
動画班スタッフの言葉が忘れられない。「20分かけて作ったテロップが、4秒しか表示されないんスよ。笑っちゃいますよね」。
まさにそれ!!
ウン十分かけて作ったテロップが数秒しか表示されない。その理不尽を積み重ねていくのが、テロップ入れという作業なのだ。早朝からテロップ入れをはじめ、日が暮れた時に進捗を確認すると10分しか入れられていない。そんなことも当たり前にある。
現代ではだいぶ自動化も進んできたが、思い通りのテロップがオートで入るようになるには、まだ数年~十数年かかるだろう。
2~3日をかけ、やっとテロップ入れが終了。最後にBGMをつけ、記念すべき最初のチェック用動画ができあがった頃には収録から1ヵ月が経とうとしていた。
言うまでもなく、心はバッキバキに折れていた。せめてこの苦労が報われれば救われるのだが……。
厳しい現実。
編集マン「ん~、ここ誤植ありますね」
――「あれ!? いや、間違いなく入れたハズだけど」
編集マン「あ~、テロップ保存するときに『ctrl+s』しました?」
――「あー、したかも」
編集マン「それだと流用先のテロップ上書きしちゃうんでダメすね」
――「マジか……」
チーフ「う~ん、カットも甘いな。もっとテンポよくしないと」
――「マジ!? 相当切ったけど。相当だよ?」
チーフ「ここのくだりも要らない。丸ごとカットで」
――「え? そこ切って繋がる?」
チーフ「全然問題ないから切ってみ?」
――「分かった」
チーフ「あと音声ちっせえな。声聞こえないのストレスだから」
――「……はい」
数えきれないほど膨大な修正!! まだまだ公開できる段階ではないらしい。悶え苦しんだ1ヵ月が否定されていく。
チーフ「どう? 思ったよりキツいっしょ?」
――「想像の80倍くらいキツいかな」
チーフ「ハッハ、だろうね。みんな最初はそうだから」
――「これホントに慣れて早くなるの?」
チーフ「もちろん。とりあえずコレを頑張って完成させよう」
――「ありがとう。頑張ります……」
甘く見ていたと認めざる得ない。
動画編集は想像よりずっとずっと難しかった。なにより労力が大きすぎる。たった1本を作るだけで、こんなにも心身ともに疲弊するとは。あまりに悩み苦しみ、寿命が1ヵ月は縮んだ気がしている。
――「ちなみにこの動画、みんなは何日くらいで編集するの?」
編集マン「2~3日っスかね」
――「………そうなんだ」
俺は椅子に体重を預け、額に手を当てて天を仰いだ。どうやら先は果てしなく長いらしい。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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「その図柄もあの演出も作っている人がいる。」とあるように、動画も作っている人がいるんですよね。
動画で誤植を見つけても、編集の人疲れてるんだろうなーって考えてしまう