SENZINドライバー

タイルまん SENZIN伝

台風が関東へと轟々と近付いてくる中、私は関東圏のある駅前にいた。

マスクを被ってホールを調査する仕事である。

そうでも無ければ台風が来るというのに外出なんぞしない。

台風が来てテンションが上がるのは子供と馬鹿だけである。駅から調査ホールまで歩いて約40分。

Googleマップ調べである。

アナログ人間だが、その位は調べられる。

ビシャビシャと降り頻る雨。

この雨中を40分歩きたくはない。

タクシーに乗車したい。

駅前のタクシープールまで全速力で走った。

タクシープール先頭に停車していた黒塗りのエコカーの後部座席ドアが開いた。

運転席には白髪で坊主頭で色黒な70代前半と思われるSENZINが乗っていた。

私が急いで乗り込むと「あいよっ！お客さんどちらまでっ！？」威勢のいい寿司屋かっ！

私がホール名を告げると、

「あいよっ！パチンコ屋だな！お客さんこの辺りは初めて？」

私は濡れた肩を拭きながら、3回程来た事があるという事、仕事で来た事を伝える。

「なに？お客さんアイドル？」

このSENZINドライバーの目は節穴なのだろう。

この様なむさ苦しいアイドルがいてたまるか。

仮に私の様な風貌の輩がアイドルと名乗って活動していた場合、私はその輩の左膝小僧にありったけの力でローキックをプレゼントする。

私はブンブンと手を横に振って主旨を説明した。

「あー！面白キャラクターになるんだ！最近よくいるよな！」

何か少しズレを感じるが、概ね当たっているので良しとした。

「俺もな？パチンコ好きで打つんだ！今からお客さんが行く店にもよく行ってたぞ！」

行ってた？過去形？

「あそこ出ねんだ！出ねんだ！」

出ない事を強調してくる。

回らないのか？と、聞くと「とにかく出ねんだよ！」回る回らないという事ではないらしい。

「俺、パチンコ専門でな？スロットは見えねーからやらねーの。」

何が好きか聞くと「なんでも好きだなぁ！ガロォ！とか！」擬似連の時に叫ぶ『ガロォ！』を真似しているのか？

「ガロォ！は前まで良く出たけどなぁ、最近のガロォ！はダメだな！」

どうやら本人の中では真似ではなく、大真面目に牙狼と言っている様だ。

「ガロォ！は相性良くて勝ったなぁ！あの剣を刺すのがいいんだよ！」

この擬似連はいつまで続くのだろうか？ 4円パチンコを打つのか聞くと

「4円じゃ小遣いすぐ無くなっちゃうだろ？最近は1パチに切り替えた！同じ1万円を使うならさ、当たりを何回も見れて長く遊べる1万円と何も当たらないですぐ終わる1万円なら長く遊べる方選ぶもんな。だから最近は1パチだな！」

SENZINドライバーはチラチラとバックミラーで私を見ながらそう言った。

勝つ事より長く遊べる方を選ぶのか。

「マックスなんて触ったら、すぐ小遣い無くなっちゃうよ！」

今現在、マックスは無い。が、そんな事をツッコむのは野暮だと感じて黙っていた。

「規制とか騒がれてっけど、どうなんだろうねぇ？」

SENZINドライバーは私に問いかけた。

私は今よりは遊びやすくなるかもしれないが、専業の人達は減るかもしれないと自分の考えを述べた。

「そうなるよなぁ！パチンコで食ってければ1番良いけど、そうはいかねぇからなぁ！食っていけるなら俺だって朝から晩まで車走らせなくて済むのにな！」

SENZINドライバーはガハガハと笑いながら、左ウインカーを出してゆっくりと左折した。

「お客さんはまだ若いから知らないかもしれないけど、昔のパチンコはレバーで弾く手打ちだったんだよ。そんな手打ちでもパチンコで食っていたプロはいたんだ。」

前を向いて運転しながらSENZINドライバーは昔のパチンコの話をしてくれた。

今では当たり前になったパチンコのハンドル。捻れば銀玉が打ち出される。

しかし、パチンコが世に登場した当初はレバーを弾いて玉を打ち出していた。いわゆる手打ち式パチンコと呼ばれるものだ。

2015年にパチンコメーカーのA-gonが発売した『昭和物語』が記憶に新しい。

以前、私は父親に昭和物語という手打ちパチンコがある事を伝えた際に、

「手打ちは疲れる。俺はもう打ちたくないな。手打ちパチンコを今出しても、最初は物珍しくて打つ人はいるだろうけど、打ち終わった後に結局は今のハンドルの良さが身に染みて分かると思う。」

という、手打ちパチンコを打ってきた年代の人間だからこそ言える言葉を今でも覚えている。

そんな手打ちパチンコでもプロがいたのか。私は少し驚いた。

「手打ちでも良い台掴めば2000発位出たのさ。それで打ち切り。そうなると時間を置いて台の再抽選が始まるわけよ。」

今でいう定量制という奴だろう。

「再抽選でまた同じ台を座れたらラッキーさ。また軽く2000発出すんだから。1日打って8000円位稼げば大したもんだ。今より物価だって安かったからな。煙草のハイライトが70円、コーラ30円の時代だから生活していく分には困らないのさ！」

物価の安さにただただ驚くばかりである。その物価で考えると当時の8000円は大金だったのだろう。

「俺はそんな稼げなかったけどよ？でもパチンコで食ってた時期もあったんだよ。」

元パチプロかよっ！その日1番の驚愕の事実！

「結局食っていけなくて真面目に働いたけどな！」

どの世界でも、どの時代でもプロとはシビアなものなのだろう。

「稼げない奴でも手打ちパチンコは長く遊べたんだ。今のハンドルは捻ってればバンバン玉が飛び出してあっという間に終わるだろ？昔は自分のペースで打ち出して疲れたら休んでとか出来たんだよ。」

ハンドルは確かに便利だが、手打ちのレバーもハンドルには無い良さがあったという事か。

多分、私の父親は休まずに躍起となってバチンバチンとレバーと格闘していたんだろうな……。

「上手い奴が食っていけた良い時代だったなぁ……。」

バックミラーに映るSENZINドライバーは目元を細めて昔を懐かしんでいる様に見えた。店舗に着き、

「面白キャラ頑張ってな！ありがとう！」

笑顔でSENZINドライバーは私が料金を払い、タクシーから降りるのを確認して言葉を掛けてくれた。

ありがとう……私が言うべき言葉である。

貴重なお話を聞かせていただき本当にありがとうございました。

今と昔。時代や規制、物価は変わっても1つだけ変わらない事は上手い人間がプロになれるという事。

これからどうなるかなんて分からない。

分からないが……SENZINドライバーの様に打つスタイルや考え方は変われど、楽しんでパチンコを打つSENZINが増えてくれれば嬉しい。

土砂降りの雨の中、SENZINドライバーが運転しているタクシーの後ろ姿を見送りながら、ささやかながら私は願った。

数秒後、領収書を貰い忘れた事に気付いて頭を抱えた。