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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2019.05.28
『分かれ道』~安定という果実~
JR新宿駅西口にいつものような喧騒はなかった。少しばかり閑散とした印象なのは、ランチ時を大きく過ぎていたせいかもしれない。
彼女「お待たせー。電車遅れちゃって」
――「うん、全然待ってないから大丈夫」
彼女(現在の奥さん)と合流して遅めのランチを済ませたあと、目的の大型家電量販店へ向かった。
――「付き合わせてゴメンね」
彼女「いいよ。今日暇だったし」
彼女を呼び出したには理由があった。ライターの必須アイテムであるパソコンと複合プリンターを買うためである。仕事が少なかった頃は彼女の自宅でパソコンとFAXを借りれば十分だった。しかしプロのライターになった以上、パソコンがないなど許されない。いよいよ観念し、購入を決めたというわけだ。だが、少しばかり問題が……。
24歳当時、俺は徹底した現金主義だった。社会に出て3年が経つというのに、クレジットカードの1枚すら持っていない。当然現金で買おうと思っていたが、これからの生活を考えると現金はなるべく残しておきたい。そんなわけで情けない話だが、彼女のクレジットカードを借りることになったのである。もちろん毎月決まった額を彼女に返す約束で。
★瞬間5000枚。
案の定、家電量販店も客が少なく、暇を持て余した店員がピタリとマークに付いた。テキストを書くだけならハイスペックは必要ない。オフィスさえ搭載していれば十分だ。複合プリンターも一般家庭では必要ないが、当時はラフ(ページの設計図)がFAXで送られてくるためライターには欠かせない。
パソコンと複合プリンターで約14万円。
当時は4号機時代ゆえ余裕はあったが、それでも十分大きいと感じる額である。ここから数か月に亘り返済していくかと思うと気が滅入った。 重い足どりでレジに向かい、生気の無い目で会計を待つ。たった2つしか買っていないのに、レジの小さな液晶には6ケタの数字が並んでいる。
店員さん「はい、ではお会計は…」
その時である。液晶に並んだ6ケタの数字が、小計キーを押した瞬間「大当り」の文字に変わった。スロッターの俺にとっては見慣れた文字だが、言うまでもなくここはホールではない。
――「んっ!?」
彼女「どうしたの?」
――「いや、なんか大当りって出てるけど…」
店員さん「おめでとうございます!」
――「は?」
店員さん「100名様に1名様だけお会計がタダになるサービスがありまして、それに当選しました!」
彼女「…えっ!?」
――「は?…ウソでしょ?」
当時の一部家電量販店では1/100で会計がタダになるサービスを実施していた。しかし「乾電池1個がタダになった」くらいの話しか聞いたことがなかったため、高額になれば抽選対象から外れるのだろうと予想していた。どうやら会計額を問わず完全確率抽選だったようだ。
彼女はクレジットカードを握りしめたまま固まっている。
店員さん「え~タダになる上限が10万円でして…お会計から10万円を引いた額になります。よろしいですか?」
――「………」
俺は言葉が出ず、ただコクコクと頷いた。
店員さん「お会計は43200円です」
彼女「ぶ…分割…2回で」
目が点になったままカードを差し出す彼女。かくして新品のパソコンと複合プリンターは、たった4万円強の支払いとなった。 店を出て駅へと向かう間も、彼女は興奮冷めやらずといった様子。今にもスキップを始めそうだ。
彼女「あんたスゴいな!」
――「まあ、日頃から抽選受けてますから」
彼女「スゴいな! スゴいな!!」
――「いや語彙力っ!!」
当然俺も震えましたよ。店員さんが小計キーを押した、あの一瞬で+5000枚ですから。抽選慣れしていない彼女には相当な衝撃だったらしい。まあ、俺というよりあの店員さんのヒキですけどね。
こんな日くらいは贅沢をしてもいいだろう。これから彼女の家に行き、夜にはお気に入りのイタリアンでワインを飲む。そしていい感じに酔ったところで…
浮かれた足がピタリと止まった。右ポケットでケータイが震えている。
彼女「どうしたの?」
――「電話。仕事かも」
ガラケーをパカリと開き液晶を見ると珍しい名前が浮かんでいた。電話で話すことなど滅多にない同じ雑誌の先輩ライターである。少しばかり緊張しながら通話ボタンを押した。
――「もしもし、お疲れ様です」
先輩「おお、お疲れ~。いま大丈夫?」
――「はい、大丈夫です」
先輩「ちょっと大事な話があるんだけど」
――「え!? なんすか! コワい!」
先輩「直接会って話したいんだ」
――「ええ!? …構いませんけど」
先輩「急だけど今日とか空いてる?」
――「きょ、今日すか!?」
チラリと横目で彼女を見ると、すでに察したようで「行ってきな」のサイン。
――「はぁ…まあ大丈夫です」
先輩「じゃあ家の近くまで行くね」
――「ええ!? コチラから伺いますって」
先輩「いいの、急なお願いだから」
お願い…!? イヤな予感がした。
★転機。
コチラから指定したファミレスに着いたのは、約束の19時少し前。店内に入ると、コッチコッチと聞き慣れた声がした。先輩はとっくに着いていた様子で、テーブルにはメニューが広げてある。
先輩「急に呼び出してゴメンね。予定なかった?」
――「いえ、特に何も」
先輩「あ、何でも好きなモノ頼んでよ。ここは出すからさ」
――「いやいや、ちょ…コワいっす」
先輩「まあ、メシでも食いながら話そうよ。メシまだでしょ?」
――「そうですけど…」
注文のあとしばらくは世間話が続いた。編集を辞めてからは会う機会が激減したため、まずは近況を報告。そして、料理の到着を待たずして先輩が切り出した。
先輩「さて、では本題に入ろうか」
――「はあ…なんでしょう」
先輩「俺らが会社立ち上げるのは知ってるよね?」
――「会社…」
編集部への出入りが減ったため明確には知らないが、ウワサでなら聞いた覚えがあった。一部の先輩たちが編プロ(※)を立ち上げると。
編注:編プロとは――
編集プロダクションの略。出版社や広告代理店からの依頼を受け、書籍・雑誌・WEBページを作成する会社のこと。誰もが知るような雑誌であっても、出版社社内の編集部が作っているとは限らず、編プロが丸ごと請け負っている場合もある。出版社の社員が独立し立ち上げるケースが多い。
――「…詳しくは知らないですが」
先輩「僕もその立ち上げメンバーでね」
――「はぁ…」
先輩「社長はPさん」
――「Pさん!?」
Pさんは攻略誌Hの編集長をしていた人物だ。毎月4誌を発売している我が編集部には、編集長という肩書きを持つ人物が4人いる。その中で最古参ながら、歳は若く30代前半。鋭い先見の明を持ち、彼が育てたライターはもれなく売れっ子になった。そのPさんチルドレンと呼ぶべきライター陣は、十数年が経った今なお一線で活躍している。
先輩「PさんKさんと僕で編プロを立ち上げるんだ」
――「マジっすか…」
Kさんも先輩ライターの1人である。このタイミングでハンバーグセットが届いたが、とても喉を通りそうにない。我が編集部に何かが起ころうとしているのだ。
――「しかし…仕事はあるんですか?」
先輩「それは心配ない。編集部から2誌の作成を請けることになってる」
――「え? 4誌のうちの2誌を丸々?」
先輩「そう。ほかにWEBサイトの運営も…」
――「WEBサイトの運営…ですか?」
今ほど盛んではなかったものの、当時もWEBサイトは存在した。その運営を任されるとなれば、編プロにとって大きな収入源になる。
先輩「そのWEBサイト運営は頓挫しちゃったけど」
――「………そうなんですか」
先輩「まあ、ウチの編集部の仕事だけじゃなくて、外の仕事も取って来れるから」
――「外の仕事? たとえば」
先輩「いま進めているのは動画かな」
――「動画…ですか?」
先輩「パチスロの動画はもちろんだけど…〇リーグって知ってる?」
――「え? もちろんですよ」
先輩「日本じゃまだメジャースポーツじゃないけど、あれの動画や中継の契約が取れそうなんだ」
――「マジすか! スゴいじゃないすか!!」
先輩「まだ決定じゃないけどね」
――「それが取れたら心強いですね!」
現代ではそのスポーツもメジャーになり、スター選手も続々と出て来ている。Pさんの目にはこの未来が見えていたのだろう。そしてパチスロ動画の繁栄も。
先輩「ラッシーは映像もやってたんでしょ?」
――「う~ん、映像系の学校は出ていますが…」
先輩「まあ、映像は先のこととして…」
――「…つまり」
先輩「ウチの社員にならない?」
――「…ですよね」
予想通りだった。
★決断。
社員になったとして、ライターへの道が途絶えるとは限らない。自分がそうであるように、編集からライターになることは今後も可能なハズだ。少し回り道をするだけとも考えられる。
先輩「ちなみにRもMもTもウチの会社に入るんだ。あとNも」
――「マジすか!?」
仲の良い先輩・後輩がこぞって編プロに。たしかに楽しそうではある。
先輩「ラッシーも結婚するんだろ?」
――「ええ、入籍は来年の予定ですが」
先輩「これから5号機時代なのにライターやってくの心配じゃない?」
――「それはもちろん」
先輩「ウチで編集やれば安定するじゃん」
――「それはそうですが…」
5号機時代を迎えることに不安はあった。今でこそ「5号機時代は良かった」と言い切れるが、当時は真逆の空気が流れていた。「5号機時代になればパチスロは終わる」。大袈裟に言えばそんな空気だった。
安定を取れば彼女は喜ぶだろう。ただでさえ9つも年下の旦那になるのだ。少しでも安心させてあげたい。だが…
――「編集ですか~う~ん」
先輩「RやMもずっと編集を続けるつもりはないよ。会社が大きくなったら人を雇って、俺らは管理職になればいい」
――「はぁ…」
やっと編集部員としてのツラい下積み時代を終えたのだ。それなのに、またラフをきり続ける日々が始まるのか…。管理職なんて全くリアルじゃない。それまでにどれだけの時間を要するだろう。
先輩「どうかね? 俺たちを助けると思って」
――「う~ん…」
まだ24歳だ。2~3年回り道をしたとしても「やり直し」はきく。30を過ぎてライターになっている先輩もたくさんいるじゃないか。
先輩「やってみて、やっぱりライターやりたいってんならそうしてもいいし」
俺の心を見透かしたように先輩が急所を突く。
――「う~~~ん…」
――「お断りします!!」
先輩「ええっ!? そんなに結論を急がなくても」
――「誘っていただけたのは光栄ですが、やっぱり俺はライターがいいんです」
先輩「そうか…」
――「もちろん働かせてもらってからでもライターになることはできるでしょうけど、若い今だからこそできることもあると思うんです」
先輩「…そうだな」
同期で編集部に入ったライターは、すでに誌面やCS番組で活躍している。俺よりあとに入ったライターも、どんどん活躍の場を増やしている。これ以上遅れをとるわけにはいかない。
――「俺は〇さんや〇さんみたいにテレビで活躍することはできないと思います。タレント性は皆無なので」
先輩「…うん」
――「でもネーム(文章)なら勝機はあると思うんです」
先輩「そうか…そうだね」
――「せっかくのお話ですが、やはりこれ以上回り道はできないのでお断りさせていただきます」
先輩「…分かったよ。残念だけど」
――「すみません!」
先輩「まあ、しょうがないよ。もちろんライターとして仕事を依頼することはあると思うから、今後ともよろしく頼むよ」
――「ありがとうございます」
先輩「ハンバーグ冷めちゃったね、ゴメンね」
――「いえいえ…いただきます」
ヌルリと舌に居座る冷めた脂。静かにそれと戦いながら、俺は自分が下した決断が正しいか否かを考えていた。 後悔する日が来るかもしれない。でも、俺のことだ。きっと退路があったら甘えてしまう。
退路は断つ!
安定は捨てる!
その覚悟がなければ、ライターなど生きていけない。
数か月後。 編プロは無事にスタートし、先輩が言った通り2誌の作成は全て編プロが請け負うこととなった。市場には5号機が増え始め、時代が大きく動こうとしていた。
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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