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北斗の拳(4.5号機)
北斗の拳(4.5号機)
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ああああああさん
- 投稿日:2026/09/14 02:21
高校に入学するくらいの頃に、親から、
「うちは大学に行かせられるお金はないから高校卒業したら就職してくれ」
と言われた。
じゃあ就職するかと高3の時に学校にきた求人から訪問介護の仕事を選ぶ。採用人数が複数人だったからだ。
工業科だったので、同級生は工業系の仕事を選んだり進学を選ぶなか、工業関係ない介護の仕事を選んだのは中学からの悪友である高見と私の2人だけ。
2人とも採用され、勤務地が東京になる。
当時急激に事業を拡大していた介護の会社で、東京についてからホームヘルパー2級(現在では廃止され、代わりに初任者研修がある)の資格を取らせてくれるとのことだった。
全国から集まった新入社員達はヤンチャそうな人間も多く、ホームヘルパー2級の講習を受けた日の帰りに同期と行ったホールで打ったのが初めてのパチスロ。
何を打ったかは覚えていないが、地下の薄暗い店で何事もなく1万円が溶けていき、パチスロはくだらないと感じた。
無事にホームヘルパー2級を取得し、配属された先は八王子だった。
田舎から一緒に出てきた高見は小平。
そんなに離れているわけではないが、お互い訪問介護という仕事上夜勤などもあり、疎遠にはならなかったがそこまで頻繁に遊べる時間はなかった。
別件だが、この高見という男は変わった人で、
・別の友人と高見と私の3人で裏原宿の店に服を買いに行こうという話になるが、待ち合わせの駅前に裸の大将みたいな服装でインスタントラーメンを啜りながら登場する。
・急に介護の仕事をやめて田舎に帰るのかと思ったら全然違う地域の広島でホストになる。
・結局地元に戻ってきたが、3年前に泣きながら「ルパンの台でお金っ……ふぅうあ(嗚咽)!お金がっ……!ぐうううお金貸して!!」と夜中に電話してくる。
などのエピソードがある。どうかしている。
数ヶ月経ち、仕事にも慣れ始める。
勤務地の八王子南大沢は近くに大学があり、南大沢駅前などは大学生の通行も多い。
仕事で利用者さんの車椅子を押して駅前の病院までの通院をサポートしている時などに、自分と同い年くらいの大学生達が友達と楽しそうに話しながら歩いているのを見るのは眩しかった。
休日は、せっかく東京に来たのだからとテレビで観た池袋や秋葉原に足を運んでみた。
地元の祭よりも人が密集していて歩きづらい。実際に住むのはしんどそうだなと思いながら秋葉原を歩いていると前から陽キャ男集団がバカ騒ぎしながら向かってくる。
大学生かな。うるさいな……。
すれ違ったあとにその集団の1人に後ろから声をかけられる。
「ああああああくん!?久しぶりやん!東京住んでんの?」
……誰だ、お前!東京で知り合いなんか……田中?田中か!?
田中は中学の3年間だけ同じ学校だった男。
仲が悪かったわけでもなく、良いわけでもなく普通。一緒にふざけることもあったが連絡先は知らなかった。
自分がガラケーを初めて買ったのは高校生の頃の冬休みにバイトして購入した時。
田舎の中学生は半数くらいがケータイを親に買ってもらっているくらいの時代だったので、中学時代の同級生の連絡先なんか知らなかった。
話を聴くと、田中は東京の大学に進学して、住んでいるのは笹塚らしい。
この時は連絡先を交換して別れる。
中学の頃の自分に言っても信じないだろうが、この田中とは東京でめちゃくちゃ仲良くなる。
田中が彼女と別れた時は、私を調布に呼び出した彼は居酒屋でジンロを飲み過ぎて閉店時間までトイレから帰ってこなくなり、店員さんに開けてもらい、田中のケータイから大学の友達らしき人に電話して迎えに来てもらったり、
私が彼女と別れた時は、南大沢に呼び出した私の愚痴を居酒屋で田中が聴いてくれて、酔っ払ったまま2人で駅前でナンパしたり、
出会い系で会った女の子達がヤバそうだと思ったら、2人の間でのみ通じる帰るぞの意味で、カラオケでガガガSPを入れて危なそうな子から逃げたりしながら、地元から離れた東京で親交を深めていった。
ある日、田中にマクドナルドに呼び出される。
「人生で1番大事なものは分かるか?」
面倒なことを言うな。はじめからお前が思う答えを言えよ。
「金だよ!金が無いと愛も逃げていく!パチスロ打つぞ!」
パチスロ……。
東京来たばっかの頃に同期と打ったけど全然面白くなかったが……。
「北斗の拳って知ってるか?」
おう。何話か読んだことはある。
「その北斗の拳の台がお店にいっぱい入ってるんやけどな、難しくないのよ。継続率で続くだけだから簡単」
ほう。
「中、右、左で押せよ」
?……おう。よく分からんが、今から行くか?
「当たり前だ!!」
2003年10月導入。
パチスロ史上最大の販売台数を記録した4.5号機。
メーカーはサミー。
私のはじまりの台であり、最も負けた機種。
個人的評価はクソ台。
当時は夢中でこの台ばかり打った。他の台のことなんて見えていない。パチスロといえば北斗の拳。所謂北斗世代ですね。
パチスロのことを何も理解していない、目押しもできないのでボーナスが確定したら店員さんに止めてもらう。
中押しでリプレイをバンバン取りこぼしても気にしない。よく分かっていないから。
ちゃんとパチスロを分かった上で、改めて4号機北斗の拳を見ると……大した台じゃねえ……。ゲーム性も全然。
仮に今のホールに北斗の拳とプリズムナナが並んで設置されていても、俺はプリズムナナを打つぜ!
ただ、継続率でループするバトルの分かりやすさで私のような初心者や、パチンコしか打たない層でも打ったのは凄いことではあると思います。
田中は大学の友達からパチスロを教えてもらったのだろう。田中自身もこの頃はパチスロのことを何も分かっていないため、いい加減な解説も多かったが、南大沢のホールで初心者2人で打った北斗の拳は楽しかった。確かその日も負けた。
負けてお金が無くなり、しばらくの間は3食入りの粉ソースの焼きそばを具無しで作って過ごした。
やがて1人でもホールへ行くようになる。
どうせ中押ししても目押しできないからと順押しで打つことも多かった。
赤系演出で左にチェリーを押せず2チェだったかどうか分からないことも多かったし、隣のチンピラみたいな風貌のおじさんに「何やってんだよ!止めらんねーのか?俺が押してやるよ!!」と言われ、チェリーのたびに止めてもらい、そのたびに缶コーヒーを渡していたこともあった。
当時のホールでは設定確認ができたので、夜に店員さんに言うと、筐体を開けて設定1なのを確認できたりもした。
朝から10万以上のお金を入れた台の設定1を確認し、店を出て駅前のサンドラックに行き、焼きそばと卵を購入。
負け過ぎて会社で食べる昼食はゆで卵だけで過ごした。
北斗の拳専門店があったり、パチスロ雑誌で北斗の拳特集があったりと、おかしな勢いがあった。
バジリスク絆におかしな勢いがあり、業界が絆ばかり持ち上げていた時期に、他の台の方が面白いと感じていた私は何故絆ばかりなんだと不思議だった。
ああ、昔からのパチスロ好きは北斗の拳全盛期の頃にこんな感情だったのだろうな。
北斗の拳ばかり打っていたので他の4号機はあまり打てていない。今、考えると面白い台も多かったのに。
田中、お前パチスロを選ぶセンスはなかったな。
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ああああああさんの
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