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パチンコパチスロ小説
2023.09.07
パチスロ青春小説 マーベリック 第16章「台確保が、できない。」
【登場人物】
エリート
店のクセを見抜いて状況を瞬時に読み取る、仲間を率いる若き司令塔
キャバ
美貌と強運をあわせ持つ紅一点、破天荒ながら3人をつなげるムードメーカー
ヲタ
驚異的な記憶力と忍耐力を持つ、彼らの稼働と収支を支える執念の獣
【前回までのあらすじ】
無事にグランドオープン初日の稼働を終えた3人は、その夜に浅野夫妻と出会う。
一方、前日の縁日で騒ぎを起こした金髪の半グレと漆原という男は、不穏な陰謀を企てていた。
グランドオープン2日目の朝。
3人はホテルのフロントにタクシーを呼んでもらっている間、ロビーで今日の狙いを話し合っていた。
昨日はデータを見返すとジャグ系が全456と言っていい状況だった。沖スロ系も悪くはなさそうだったが、高稼働の結果かもしれず機種の性質上何とも言い難い。
ハイスペックのART機には設定6らしき右肩上がりの台は少なく、キャバが打っていた番長3はまるで凱旋のような乱高下をした設定5を思わせる台が目立った。
「──なので、突破型の6号機を狙えればと思っている。めくれたらもう空かないだろうから、朝から座れるだけ座ってしまいたい」
エリートは前夜に検討したプランを提案した。
「珍しいね、拘束時間長いから突破型はうちらには向かないってよく言ってたのに。アタシは大好きだけど」
「……あれは俺には狙えない……たまたま座ってハズレなら750枚丸損とか……無理だ」
「その時は自力で勝ち取ればいいのよ、0%ってわけじゃないんだから」
「キャバがなぜ今まで勝ってきたのか……分からない」
「A天でいいってわけじゃないわよ、そうなったらそうなったでヘコんでても仕方ないでしょってこと。いちいちメンタル喰らってると、立ち回りブレちゃうし」
「昨日で各自持ち玉は作ったし、リスクを取っていこうかと。3人ならそれも分散できる」
そこまで言われてヲタは納得した様子でうなずいた。
「それならば……ノーマルは押さえなくていいんだな?」
「二の矢でアクロス系を候補に入れておこう。あぶれた場合も同じで」
「りょーかい!」
「……分かった」
ホール前に着くと、整列し始めている客の数や駐車場に停まる車の台数は、前日より多く見えた。グランドオープン初日の金曜より、2日目の土曜の方が多い。
初日が客にとって満足のいく内容で、評判と休日の分で増えたということなのだろう。
ヲタは気を配って周囲を眺めていると、駐車場の奥に停められた黒の大型ワゴンから5~6人ほどの男が降りてくるのが見えた。同じようなタイミングで、近くの車からもぞろぞろと人が出てくる。
「…………」
「どうしたの、ヲタくん?」
「……いや、何でもない」
抽選の結果は悪くなく、3人のうち2人は狙い台に座れそうだった。
間もなく再整列が始まりそうな頃合いになり、3人は解散する。
エリートが列の中ほどに入って店員の番号確認を待っていると、列に加わらず誰かと談笑している浅野を見かけた。
昨日いっしょにいた真由美ではなく、かすかな記憶だが昨日もホールにいた専業と思わしき相手だった。
(こっちにも知り合いがいる──勧めてきただけのことはある、ということか)
今日の方針はすでに定まっている。特に気にすることもなく、ウェブ公開されている昨日のデータをスマホでもう一度見返し始めた。
キャバは列の前方ですでに再整列を完了し、ラミネートされたA5サイズほどの台確保券もすでに手渡されていた。
並んでいる近くで目立った様子の者はいない。ただ、良番を抽選で引けて緊張しているのか、前方でやたらそわそわしている若い子が1人いるくらいだった。
やたら腰から腹部に手を当ててキョロキョロしているので、もしかしたらトイレを我慢しているのだろうか。朝イチに入場して台も取れずトイレに駆け込んだ、なんて笑い話を聞いたこともある。
そんなことを考えていたら開店時間を迎えたようで、ホールの入口から音楽が流れだし、列がゆっくりと動き始めた。
ホールに入ってすぐ、ヲタは違和感を覚えた。
昨日と同じくらいの順番で入ったはずなのに、台にあぶれて必死に空きを探して歩き回っている客が多い。
通路では店員に突っかかって文句を言っている客が目立つ。
島の方を見ると、昨日よりも台の前に座っている人間の数が少ない気がする。
エリートに指示された複数台構成の天昇の島に着くと、その状況は露骨になった。
打っている客は皆無で、あとは分かりやすいくらいにずらっと下皿に台確保券が置かれている。
(徘徊してる? いや、さすがに1人もいないというのはおかしい)
連絡しなければとスマホを取り出そうとすると、背後から肩を叩かれた。
振り向くと、そこには滅多に見せない険しい顔をしたキャバがいた。
「これ、やってる奴らがいる。いっしょに来て」
ホール内ではラインで連絡を取り合うのが取り決めであり、直接会話を交わすこと自体がただ事ではないことを物語っている。
キャバはすぐにRe:ゼロの島の方へと歩き出し、ヲタもその後を付いていった。
ワンボックスの他台数構成であるRe:ゼロの島の入口に着くと、立ち尽くしたまま唇を噛んだ。
Re:ゼロの島は半分ほど埋まり、すでに打ち始められている台が目立つ。
そして少しずつ島に客が入り始め、誰もが空き台に腰かけていく。
ヲタがその人の流れを凝視していると、自分の横をすり抜けようとしていた人間と体が触れた。何かを落としたらしく、あわててしゃがんで拾い直している。それはヲタと同じ年くらいに見える青年で、拾おうとしていたのは台確保券だった。
「……すみません」
ヲタが謝るとその青年は口を開きかけたが何も言わず、そそくさとその場を離れていく。
その青年の後を目で追うと、手にしていた台確保券が後ろ姿で見えなくなり気付くと手ぶらになってた。
「ヲタくん、聞いてよ。アタシが着いた時、もうRe:ゼロの下皿には券が全部置かれてたの。
どう考えてもこっちに来た客はこんなにいなかったのに」
キャバの声で青年から目を離し島の方に向き直ると、Re:ゼロはほぼ満台になりかけていた。
「こっちも……同じだった…………ん?」
ヲタは島に入ってきた男の1人が気になった。
入口の方向から迷うことなくこちらへ向かってきて、空いていた台に躊躇なく座ると下皿に置かれていた台確保券をデータランプの横に差す。
その横顔にどこか見覚えがあり少し考えたが、駐車場で黒のワゴンから出てきた集団の1人だと思い出せた。
島で打ち始めている客たちを目で順番に追っていく。すると他にも数人、あの集団にいた人間だった。
そしてさらに気がかりになり、自分の記憶を遡る。
するとRe:ゼロを打つ客の中に昨日見かけた専業らしき人間はいなかった。小ずるいやり方で後から来た仲間内に台を取らせていた連中だ。
そこまで考えを巡らせて、ふと自分が台確保券を手にしていることに気付いた。
「キャバ、自分の台を取ろう」
ヲタはキャバの手を取ってアクロス系の島へと向かう。
「えっ、あ──うん」
キャバは驚いて手を引かれるがまま素直に付き従った。
(何? 男の子ってそんな急に変わるものなの!?)
その驚きは、ヲタの口調が凛々しい話し方に変わったことに対してでもあり、進んで自分の手を取ってきたことに対してでもあった。
3人の中で最後に入場したエリートは、すぐにはホール内の異変には気付けなかった。
ただ一つだけ気になったのは、向こうは気付いていなかったが昨日も見かけたショータが店を出て行ったことだ。開店して間もないこの時間に、だ。
そして、狙い台を一通り見て回り空きが無いのを確認し、複数の少数台で構成されているアクロス系の島に向かうと、そこにヲタとキャバの姿があった。
2人のただならぬ表情を察したエリートは、その場で簡潔な報告だけ受けて以降はラインでのやり取りにすることにした。ヲタはアクロス系のクランキーに、キャバはかろうじて空いていた6号機突破型の物語セカンドを押さえ、自分は本来の方針から変更して台は取らず徘徊することにした。
『話を聞く限り、台確保券が偽造されたというのが妥当な線か』
『昨日の分を店員に返さず、持ち帰ったというのは?』
『下皿に置かれてたのそんなレベルじゃなかったよ。それにあれだけの数を回収できなかったら店もさすがに気付くでしょ』
『持ち帰ったのを偽造って、1日でできるのか?』
『紙はカラーコピーだとして、大量のラミネート加工……詳しくはないがガキのイタズラという訳では無さそうに思える』
『何なの一体……軍団とかのゴトみたいなやつ? ああいうのって基盤とか電波とかだと思ってたけど』
『台の隙間からピアノ線を通して、メイン基板とサブ基盤をつなげる光ファイバーを曲げて通信不良にさせてというのも聞いたことある──ああ、話がそれたな』
『それで俺たちはどうする? 今さら店員に不正を訴えてもどうにもならなさそうだけど』
『アタシより早く入った人が、台が空いてないのはおかしいってクレーム入れてたけど。あの様子だと店側も分かってなかったっていうか喰らってたね』
『それぞれ推測かけて駄目なら無理せず手を引く、しかないか』
『気付いたのだけど、昨日いた専業っぽい奴らもあぶれてそこら辺をウロウロしてる。たぶん、俺が粘っても無理だと思う』
『他に手は──無さそうだな』
ラインの会話を終え、エリートは再び島を徘徊しながら思う。
2人に対しては冷静を装ったが、ここまで打つ手がない状況になるとは思わなかった。
これが「詰んだ」というやつか。
そう言いだすのはまだ早いかもしれないが、今目の前で起こっている状況に対して為す術がないことに苛立ちを覚える。
考えてみれば、昨日はホールの大盤振る舞いと客層の甘さに救われたようなもの。
そして今までもホールの癖や公約を見抜いて椅子取りゲームの後出しジャンケンに勝ってきただけではないか。
一昨日にヲタが吐露していた「無力感」とはこういうものなのかもしれない。あの時は偉そうなことを言ったが、自分こそ限られた世界と決められたルールの中でしか生きられない存在ではないか。
ネガティブな感情が渦巻き、今すべき思考が阻害される。
(駄目だ、僕だけの問題ではない。突破口を何としても見つけないと)
邪念を振り払うように大きく息を吸って吐き、注意を島の方へと向けた。
その時、
「よっ、そっちはどうだい?」
と呑気な声をかけられて振り向くと、そこには浅野が立っていた。
「どうだいじゃないですよ。これ、やられてるでしょう?」
「おっ!?」
間髪入れず返ってきたエリートのカウンターに一瞬声を漏らし、浅野はばつが悪そうに答える。
「やっぱ気付いてたか。ここじゃ何だから向こう行こう」
浅野は親指で店の外を指さした。
開店から約30分後。
ホールのバックヤードに店員は1人もいない。全員がフロアに出払って客からのクレーム対応に追われている。奥の事務室内に店長の神内とエリアマネージャーの瀬戸口がいるだけだった。
店長は防犯カメラに録画された開店直後の映像を確認するのに精一杯で、瀬戸口はインカムに寄せられる情報の処理とその対応に追われていた。
「正直に言っていいです、現在確認中だがすぐには対応できないと」
「客が粘着してきて業務ができない? 構わない、いくらでも付き合ってください。今からの皆さんの仕事は謝ることです」
「少しでも手が空いてる人──いや、全員。とにかく所定の位置だけでなくあらゆる場所に注意して、目に入った台確保券は必ず回収してください」
「昼過ぎまでは今のシフトで持ちこたえてください、入場系のトラブルは1時間もすれば収まります。カメラ映像で確認でき次第、対象の台に不正で座ったお客様には退店していただくので。対応は私たちがフロアに出て行います」
瀬戸口は絶え間なく耳に入ってくるインカムからの問い合わせに指示を出し続けながら、店長が操作する防犯カメラ映像を見つめていた。
新しく導入したシステムのせいか、店長の操作は要領を得ない。通路やボックス向けの全景カメラをなぞっていくのがやっとで、系列店の中では初めて設置された顔認証まで可能な台間カメラを使用する段階にまで至っていない。
瀬戸口は一度インカムを耳から外し、目をつむり両手を顔に当てた。
これまでに集められた情報から起こった出来事を整理し、それを実行するにはどうすればいいかを推理する。
自らをゴト師に仕立て、できる限りの策謀を巡らす。
カメラ付き抽選機で引き子対策はしているが、入店後の打ち手の入れ替わりまではチェックしていない。あれは事前に疑わしい人物を専任の店員がマークするか、SNSなどでの引き子募集の段階から警察のように潜入捜査をするしかない。
役割を考える。
良番を引いて先に入り、券をセットする置き子。
それを店員の視線からそらす壁役。
後から入って座る打ち子。
券を偽造する手配師。
彼らを束ねる親。
数人で仕掛けられる芸当ではない。
しかし、まずは末端を探し出すしか方法はない。
──ならば。
「店長、開店直後の映像をもう一度最初から」
「は、はい」
店長はあわてて今見ていた映像を止めて、カメラを切り替えてインジケーターを開始時点に戻す。
「先頭から10人までに絞って台に着くまで追っていこう、焦らなくていい」
「分かりました……」
ラジコンのように言われるがまま操作する店長。
流れていく映像に目を凝らしながら指示を出す瀬戸口。
そして──
「こいつだ。3秒前からもう一度、0.25倍速で」
リピートされた映像に映ったのは、Re:ゼロの島に入って台につくと周りの様子をうかがい、壁役らしき者が店員に話しかけている間に立ち上がる男。
その男は膨らんだジャンバーの腹部から新聞配達のように台確保券を次から次へと取り出して下皿に放り込んでいる姿だった。
「この男をすぐに捕まえましょう!」
そう言って店長が興奮した様子でモニターを指さす。
「落ち着け、こいつはおそらくもう姿を消してる。映像流してそのままこいつの動きを追って」
「えっ、は、はい」
カメラから男が見切れるたびに、その行き先となるカメラに映像を切り替える。
すると、その男は通路を早足で歩き、途中で誰かにぶつかりあわてて懐から落ちた台確保券を拾い直す。
そして入口へと向かい開店直後にもかかわらず店外へと消えていった。
「これは手間がかかりそうだな……」
瀬戸口は大きくため息を吐く。
「とりあえず各島の開店直後の映像だけチェックして。券をばらまかれた範囲を明確にして打ち子を剥がしに行こう。店長もいっしょに来るように」
「理由はどうしますか?」
機嫌をうかがうように店長は瀬戸口に尋ねてくる。
「そんなの『こちらはお客様がご自身で確保された台ではないことが確認されました』で終わりだよ。しらばっくれようとしたら出禁。台は動作チェックの名目で一度電源を落として、30分後にしれっと開放しよう」
瀬戸口の口からよどみなく出てくる対応策に異論を唱えることもなく、店長はただうなずく。
「遅番の副店長に連絡を。いくらでも手当出すから早く来てくれって」
「あの、私は……」
「海賊に襲われた船から真っ先に逃げる船長がいるか?」
瀬戸口は笑いながらそう言って店長の蚊帳を叩いたが、目は笑っていなかった。
次回予告
それは単純で最も効果的だった。
ゆえに誰もが抗う術を持たなかった。
次回「不正行為を越えた“テロ”」。
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- じく
- 代表作:パチスロ青春小説「マーベリック ─ホールの異端児たち─」、遊技林、ゆる調
元ゲームメーカー勤務、現在フリー。前職ではシナリオ・マニュアル・キャッチコピーなどのライターとして過ごし、パチスロを題材とした小説も執筆している。
e-sports系やMリーグ観戦が大好き、たまにTwitchで雀魂やウマ娘やフロムゲーを配信したりもするスロ系でもありゲーム系でもあるオジサンです。
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