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かんちょー鬼ごっこ
かんちょー鬼ごっこ
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ゴンドウさん
- 投稿日:2019/10/15 15:22
「思い出のホール紹介」の内容を考えて、数時間が経った。暇であっても暇でなくても足繁く通うパチンコ店、その思い出がこうも思いつかないことに自分でもなぜなのかと自問自答中だ。
もしこれが「思い出の遊び」という広い括りであれば「かんちょー鬼ごっこ」というネタを絶対に取りあげるのに…。
小学生に圧倒的人気を誇った「鬼ごっこ」と男子が一度は通る道である「かんちょー」が見事にマリアージュした「かんちょー鬼ごっこ」。
タッチの代わりにかんちょーをするという画期的で前衛的で挑発的な遊びは僕らの学び舎で瞬く間に人気を得た。
当時絶大な人気を誇ったドッジボールを追い越せ追い抜けと飛ぶ鳥を落とす勢いで広まったこの遊びだが、常に独自のコミュニティを構築し教師陣と密な関係を築いていた“女子”という生命体のリークによって儚く散る。まさにそれは成虫の蝉よろしく一夏で禁止に追い込まれた。
悔しがる男子(僕)を蔑みの目で見ていた女子の顔が今でも忘れられない、なぜならそれが僕の性への目覚めだからだ。
その時のことは目を閉じれば鮮明に思い出せるのに…。
テーマが思い出のホール紹介だなんて…無理だ、やっぱり思いつかない。
だって…ホールでかんちょー鬼ごっこをした記憶なんて…ない。
ホールで女子に蔑んだ目で見られたことだって…ない!
あ、でも平日の抽選に並んでいたら通勤中の会社員にゴミを見るような目で見られたことはあるな!あれはあれでクるものがあるよな!興奮しました!
とまぁ、そういうことだ。思い出を語れるような、懐古の情が溢れるような、そんなエモーショナル溢れるホールは思いつかない。
…思いつかないのだが、今後もしかしたら思い出となるであろうホールはある。それは十年前から今現在まで足繁く通っているホールだ。
そこは片田舎にある普通のチェーン店。家が近いからというだけで通っている何の変哲もない店。あえて特徴を上げるとすれば接客が悪いことぐらいか?
ジェットカウンターで「めんどくせぇな」って顔で、「めんどくさ」って言いながら流してくれるパンクロッカーみたいなお兄さん。
呼び出しボタンを押すと普通に歩くより遅い駆け足で対応してますアピールをしている眼鏡の社員さん。
愛想を母親の腹の中に忘れてしまったのではないかという冷たい女性従業員(推定50代)。
文章に書き起こしてみると「おや?ここの店ダメじゃない?」と認識してしまいそうなホールである。
もちろん私が通い始めてから今までこんな接客だったかといえばそうではない。
それこそグランドオープンの時などは、目の死んだ店員がロボットのように「イラッシャイマセ!」と口にして仰々しいお辞儀をしていた。金太郎飴みたいなマニュアル接客の店員しかいなかった。
はたまたそこから数年経てば、やけに馴れ馴れしい店員が増え「お、今日出てるじゃーん」と友達のように話しかけてくる奴もいた。
たった数年でこの変化であるが、変化は店員だけに留まらない。遊戯客にも同じくらいの変化があった。
ちょっと前まで見たピンでガチガチに稼働してた眼鏡君。最近コンタクトに代えて、いつからか初心者と思われる女性にレクチャーしているじゃないか。うらやましい、どうやって知り合ったんだ教えてくれ。
いつも客と揉めていたグラサンのおっさんも今は老眼鏡。侍らしていたお姉さんはどこへ行ってしまったんだ。今はひとり寂しくノーマルを打っている。
「出てるんだから玉分けてくれてもいいだろ!」と開幕からエンジン全開の逆切れ交渉術を仕掛けてくるおじいさんも、最近は見なくなってしまった。新しく「ちょっとだけちょうだい?」と計量カップを片手に徘徊するおばあさんが出てきたので僕の中ではワンチャン転生したまであると思っている。
もちろん、メインの遊戯自体にも変化が無いわけがない。
はじめはかなり遊ばせてくれたパチンコが、等価へ移行した時から急に渋くなった。今思い返せばそれまで玉メインだった私が、メダルにまで手を伸ばすきっかけとなった出来事だ。
世間一般にいわれるメイン台をガンガン導入し、早い時には3週間のスパンでドンドン入れ替える。バラエティコーナーのコの字もなかったそんな経営をしていたはずなのに、今ではちょっとニッチな台ばかりを揃えたりしている。週末には一部マニアで大繁盛だ。
やはり年数通っているといろいろあったなぁ…。良いことも少しはあったし、嫌なことはその倍じゃきかないくらいあったよなぁ…。
パチンコ玉の動きに一喜一憂し、スロットのレアフラグを引いてはドヤ顔で写真なんかを収めたりする。そんな世間一般から見ればしょうもないことを今後も楽しみ続けるんだろうなぁ…。
あーでもそうか…。
これでも、いいのか。
いつか思い出になるかと考えていたこのホール、現在進行形で通っているから気づかなかっただけで、私にとって既に思い出のホールになっていたのか。
私にとっての思い出のホールは、今後もくだらない思い出を提供してくれる、そんな今現在通っているホールであることが分かったところでそろそろ書き疲れたので締めたいと思う。
もしもこのテーマで思いつかないと悩んでいる人がいるとすれば、私のように今通っているホールの事を書いてもいいかもしれない。他人にとってはどうでもいいことでも、あなたにとっては一つの思い出になっているのかもしれない。
もちろん、また機会があれば私は思い出のホールとしてこの店の話を出すことだろう。それまでには新しいエピソードの一つや二つ増えているのだろうか。
しかしすぐに語れとなれば難しい。なにせパッと思いつくことは今書いてしまった。
それこそ数年後、景品交換でよく見る幼児向けのオモチャが色褪せるぐらい経った時に気が向いたら、思い出してみることとしよう。
そして、その時もまだ通い続けていられれば、それはそれで素晴らしいことなんかじゃないかと、思ったり、思わなかったり。
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ゴンドウさんの
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