サクラの花道　裏通り　２

「絆の６を打たせろ？」
土屋は、驚きを隠せずにいた
「おいおい、打たせろ、なんて言ってないだろ？俺は『打ちたいな』って言ってるんだ。
　打・ち・た・い・な、だ」
男は憎たらしい笑みで、そう訂正した
「ふざけるな、この状況で、そんな事を言うなんて要求以外のなんだと言うんだ」
土屋も男を『お客様』という認識を改め、まるでゴト師を相手にするような態度に切り替えた
「要求？俺は、俺の願望を言ってるだけで、打たせたくない、って言うんなら別に構わないんだ。
　ただ、その後、俺が、どうするのかねぇ？」
状況的には恐喝に近い
ただ、強要ではない
強要ではない以上、恐喝として罪に問えない
警察を呼んだ所で独り言だ、強要してないの押し問答、水掛け論だ
会社の幹部は、おそらく『客とトラブルを起こし、無駄に警察を呼んだ無能店長』としか見てくれないだろう
警察を呼んで対応して貰っても幹部からの評価を落とすだけだ
その上で、もし公安に指摘されたりネットに晒されたら、どうなる？
会社からは『なんで逃がした、無能』と、更に評価を落とす
その上で公安からは指導、ネットでボッタクリ店舗というレッテルを貼られる
それなら、この男に絆の６を打たせてやる方がダメージが少ない
絆の６と言っても、正直、万枚どころか５０００枚も出すのはそう簡単ではない
ATのバジリスクタイムを活かしきれない場合、最悪、いい所３０００枚、というのも、よくある
最近見た実戦漫画でも、６確実の絆で２０００枚にすら届かなかった、と嘆いていたライターを見たくらいだ
最悪、設定の部分の提出データは弄り、出てしまった分の補填は自腹で切ればいい
それが、一番穏便に事が終わりそうだ、と土屋は判断した


そう考え至ったのを察したように男は、再び口を開いた
「あ～あ、あの店入り口側の角の絆、明日６にならないかなぁ～」
白々しい程に大きな『独り言』を男は言う
「これっきりにしてくれるか？」と土屋は男に問いかけるが男は答える事無く椅子から立ち上がる
事務所の扉を開け、手を頭の位置でプラプラとしながら男は出て行く
土屋は深くため息をついた
「くそったれ・・・」
精一杯、憎しみを込めて呟く土屋の前にレシートだけが虚しく置いてある
事務所から出た男は、そのまま真っ直ぐに店舗を出て行く
「さあ、用意は出来た。ここで始めてやろうじゃないか。
　俺が繁盛店の作り方を・・・。パチンコ店の本当のやり方、ってやつを！」
男が振り返ると店舗の看板が見える
『パチンコ　パーラー　セブンスチェリー』
「セブンスチェリー、か・・・。悪くない名前だな」




翌日の朝６時、土屋は開店前業務の為に店舗に出社すると、そこにはお店の入り口前に並んでる、例の男の姿があった
バジリスク絆の設定６が打てるのだから、朝６時から並んででも価値はある
だが、悪目立ちすぎる
４号機の頃には、確かに６時から並んでいた客が居た事もある
だが、最近の、このお店には６時どころか開店してから、しばらく客が居ない事も、ちょくちょくあるようなのが現状だ
そんな中で、６時に男が一人、開店待ちをしている
こんなの、おかしいだろうと、誰もが思うだろう
だが、ここで土屋が声をかけても不自然だ
それこそ、要らぬ詮索をされてしまうだろう
土屋は苦い顔をしたまま従業員用入り口から店内に入る


セブンスチェリーは繁華街、というわけではないが、それなりに目立つ場所に建っている
当然、その店舗前で並んでいる男の姿も、多数の人に目撃される訳だ
開店までの３、４時間、男が一人だけパチンコ屋に並んでいる姿が目立たない訳がない
そして、男以外に客は居ないまま開店を迎えた
店舗の自動ドアを開けると、男は悠然と歩いて例の台に座る
バジリスク絆の入り口側の角
渋々、設定６にしておいたバジリスク絆に、だ
男は着席し、メダル貸し出し機に１万円を突っ込む
チャリチャリチャリ
タンタンタン
「夜叉丸殿～。土産を買ってきたぜ」
「ふ～む、タンのキレが悪いのぉ」
バジリスク絆の６、とはいえ、そう簡単に出玉の肝であるATのバジリスクタイム（以下BTに略）に入るものではない
他の設定に比べて格段に入りやすくはあるが、それでも、２、３回ほど、バジリスクチャンス（以下BCに略）に当選させてからでないとBTには入らない
よくある事だが、このBCが曲者なのだ
BC当選率も設定６の方が当たりやすくはあるが、正直、運でどうにでもなる範囲だ
案の定、男は、既に２００回転以上はまり、投資が６千円は超えている
７千円目のコインの半ばで、やっとBCに入った
が、そのBCは、あっさりとスルーし、また投資が必要になってしまった
だが、これで止める訳がない
バジリスク絆を打っていたら、こんな事は、よくある
しかも、打ってるのは６なのが約束された台だ
これを止めるスロット打ちは居ない
無表情に淡々と貸し出しボタンを押し投資を重ねる
２回目のBCが当たったのは、２枚目の１万円札が入ってからすぐだった
告知は、先ほどと同じく完全告知である「天膳」である
２回目のBCの消化中の事だった
チュピュピュピュピュピュピュピュィィィィィィィィィィン
けたたましい程の告知音が店内にこだます
さすが設定６は、あっさりとBTに当選する
だが、それでも、そのBTは単発で終わってしまうとBCでの獲得枚数を合わせても精々２００枚程度
男の投資は、今、一万千円にもなる
セブンスチェリーの交換率は、千円で４７枚の貸し出しで千円分の特殊景品の交換に５３枚必要になる
つまり、この時点でプラスマイナスゼロに持っていくだけで単純計算で５８３枚の出玉が必要になる
出だしとしては、あまり良くはない
それでも、男は投資の手を緩めることはなく、淡々と打ち続ける

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