敗者のグルメ

祖父が住んでいた家はいわゆるうなぎの寝床と言われる造りで、広い玄関を通ると仏壇がある四畳間と六畳間が襖で区切られており、その先に四畳間、台所と風呂が並びであり、最後にはまた六畳間という構造をしていました。

手前の六畳間の横には縁側があり、そこにはいつもいいちこの瓶が並んでいました。小学生でいたずら盛りだった私は、その空き瓶でボウリングをして叱られました。
全力で振るわれたゲンコツの痛みと、そのラベルに書かれた「下町のナポレオン」という言葉に、何故か強く惹かれたことを鮮明に覚えています。

あれから数10年が経ちました。今では我が家の戸棚に、いつもいいちこの1升パックが並んでいます。まさか、自分が祖父以上にいいちこを愛すようになるなんて、思いもしませんでした。


ある夜ミリオンゴッドという台でめちゃめちゃに負けた私は、いっそのこともっとめちゃめちゃになりたいと思いました。酒を買い、暴れて記憶を失くそう。そう決意してスーパーに向かい、ビールの6缶パックを手に取った私は、ふと思いました。
果たしてこれで、めちゃめちゃになれるだろうか、記憶がなくなるだろうか。

もともと炭酸が苦手な私は、ビールやチューハイなどを飲むとすぐにお腹が膨れてしまい、たいして酔わないうちに試合終了、となることが多かったので、ここは選択肢を広げてみよう、とリカーコーナーを物色していると、懐かしいあの文字と再開しました。

下町のナポレオン。

すでに祖父は他界していました。
お祖父ちゃん、今夜は一緒に飲もう。そして俺のことをあの頃のように、馬鹿野郎と叱ってください。
天に向かって語りかけ1升パックを買い物かごに放り込んだのが、いいちことの付き合いの始まりでした。


これまで何百種類もの酒を飲んできました。
何百種類は言い過ぎかもしれませんが、数十種類は飲んだはずです。その中で、最も飲みやすく、クセがないのがいいちこ20でした。
はっきりいって、酒界ナンバーワンのクセのなさです。

本当にほぼ水です。ほどよく酔う水です。
これが25になると、暴力的な水になります。より酔いたい場合こちらを選択することもあるのですが、普段は20の方を愛飲しています。

値段も1升1300〜1500円とお手頃で、これを週に2、3本空けることで、数々の大敗を忘却の彼方へ追いやることに成功してきました。


先日ゴミの日に出し忘れ、うず高く積まれた1升パックを見て、ふと自分はこれまでどのくらいのいいちこを飲んできたのだろうか、と計算したくなりました。
1カ月、8本飲んでいるとして年96本。
それを、10年以上続けているので少なくとも960本、もはや1000本は飲んでいる計算になります。

そこで、1000本突破記念といたしまして、「えっ、この料理、本当にいいちこと合うの！？」と驚くこと請け合いの、秘伝のレシピを紹介します。

前述したように、いいちこはほぼ水です。水なのですから、どの料理にも合うに決まっているのです。

独身のころ、パチスロに負けて削るのはもちろん食費であり、極貧状態で生み出したレシピなので、コストパフォーマンスも抜群です。恐らく、全部200円以下で作れると思います、調味料代は別です、すいません。


1.マカロニサラダ

ただのマカロニサラダではありません。それでは酒が進みません。
茹でたマカロニに塩胡椒、マヨネーズをあえ、仕上げに粉末の鶏がらスープの素をかけることで、いいちこのベストパートナーになるのです。

そして、タマネギです。
私は刃物を見ると、「もしもこれで股間を攻撃されたらどれくらいの痛みに襲われるだろうか」という想像をしてしまうやっかいな病を患っております。病名をつけるとすれば「痛み股間変換症候群」といったところでしょうか。
　
ですのでスライサーなどとんでもありません。
薄切りにされていく野菜を「これが股間だったら」と思うと、叫びそうになります。
しかし、このマカロニサラダに関しては薄切りタマネギは必須なので、「いてて、いててて…」となりますが、勇気を振り絞ります。
恐らくファントムペインとはこんな痛みのことをいうのだと思います。

鶏がらスープの素はかけすぎると台無しになるのでお好みで調整して頂けたら、というところですが目安は実家のお母さんに「かけすぎよ！」と注意される寸前の量、と申し上げておきます。

私はいつもこれを男らしく、250gの早ゆでタイプマカロニ一袋分作ります。
「あれ？今日おすもうさん来るのかな」というくらいの量が出来ますので、胃袋に自信がない方は半分くらいが丁度良いかと思います。

いいちこと合う度:★★★★★
コストパフォーマンス:★★★★★
満腹度:★★★★★★★★★


2.馳先生のミートソース

小説家の馳星周先生が大好きで、その著作は全部読破しています。
これは、ブルーローズという小説に出てくるレシピで、市販のレトルトミートソースをフライパンにあけ塩をひとつまみ、そこにニンニク、卵、唐辛子、オリーブオイルを加えよく混ぜ、茹でたスパゲティをインして火をつけます。
卵が固まってくるとソースが麺によく絡み、普通のレトルトがあっという間にご馳走になります。

そして、これがいいちこによく合うのです。
はっきりいってビビるくらいうまいので、お酒を飲まない方にもおすすめです。

いいちこと合う度:★★★★★
コストパフォーマンス:★★★★
味:★★★★★★★★★★


3.貧乏チャーハン

もしかすると、独身のころ一番食べたのはこれかもしれません。
よく料理漫画で「くう…ご飯の準備が何一つできていない…！むっ、米は炊けているな。よーし、どんぶりだあ」というシーンがありますが、その度に「いやいや、そういう時、普通米はねえよ」と思います。そして、この料理も米が必須です。

一人暮らしのパチンカスの家にはバターなどありません。マーガリンです。熱したフライパンに、マーガリンをこれまたお母さんに「多い！」と叱られるくらい落とし、すかさず米を炒めます。味付けは塩胡椒、醤油のみ。

そして、ここからが肝です。
このまま食べるのでは、ただの食事です。

まず、着ているものを全て脱ぎ捨てバスルームに飛び込み熱めのシャワーを浴びます。
その間「本日は何故負けたのか」を徹底的に検証し、その日の敗北を汚れとともに洗い流します。隣人を威嚇するくらいの声で泣き喚いてもいいです。
ドライヤーでしっかりと髪を乾かすころには、チャーハンはすっかり冷えてカピカピになっているでしょう。

この、冷えたチャーハンこそがいいちこロックに相性抜群なのであります。

ティースプーンでちびちびと食べながら、いいちこのロックを口に含む。永遠に飲めます。飲み終わった頃には満腹になり、意識を失うように眠れることでしょう。目を覚ますころには明日になっており、前日の負けはリセットされます。

と、ここまで書いたところで懐かしくなり、実際に作って食べてみました。
これ、40代にはうまく感じるのは最初の一口だけでした。半分を食したころには胸焼けを感じ、終盤はもはや罰ゲーム、完食するころには暴力的な吐き気に襲われます。

若さってすげえな。老いって怖いな。

そう思いました。

いいちこと合う度:★★★★
コストパフォーマンス:★★★★★
二度と食わない度:★★★★★★★★★★

4.うまい棒

そして、トリを飾るのはうまい棒です。
個人的にはやさいサラダ味がおすすめです。

10本でも100円強、はっきりいって少年時代よりお世話になったかもしれません。

ビールでもいいのですが、いいちこロックと合わせると、「俺、なにやってんだろ」感が味わえるのでおすすめです。

いいちこと合う度:★★★★★
コストパフォーマンス:★★★★★★★★★★


以上、4品でした。
たわわに負けた日、財布に残されたのがわずか200円となった場合、このレシピを思い出してください。

いいちこと合わせれば、明日からの生活のことを考えなければ、少なくともその晩は幸せな眠りにつけることでしょう。

いいちこと出会えて、とても幸せでした。

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