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噛み合わない三者凡退
噛み合わない三者凡退
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永田さんさん
ニッチな台が好きです。 - 投稿日:2026/09/26 04:27
「もっとユーザーが喜ぶ演出や打感にしよう」
「遊技ストレスを減らす見せ方を工夫しなきゃな」
パチンコ・パチスロの制作会社にいた頃、液晶開発や演出制作の現場では、本気でそんなことを議論していた。だが、いざ自分たちが関わった機械がホールに並び、一人の打ち手として自腹を切ってホールへ足を踏み入れたとき、待っていたのは冷酷な現実だった。
開発現場、メーカー、ホール、そしてエンドユーザー。それぞれの思惑は見事に明後日の方向を向いていて、噛み合わない歯車のように空回りしている。
なぜ、現場が良かれと思って作った仕掛けは裏目に出るのか。そして、自分を含めたユーザーが抱える「本音と建前」の矛盾とは一体何なのか。少し振り返ってみたい。
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〜「CRまわるん大海物語3」が残した重い教訓〜
この思惑のズレを語るうえで、真っ先に頭に浮かぶのが2014年の『CRまわるん大海物語3』だ。
当時のパチンコホールはどこも「回らない」調整で、ユーザーの不満は限界に達していた。そこでメーカー側が打ち出した回答が、「通常時も電チューを高頻度で開かせて、実質的なスタート回数を一気に増やす」という斬新なシステムだった。
メーカーや開発の意図はシンプルだ。「回る快感を提供すれば、ストレスが減って絶対稼働は上がるはず」。
だが、ホール側のリアクションは全く違っていた。
**「海みたいな台は『これくらい回れば十分』だろ」**
ホールにとって喉から手が出るほど欲しいのは、高い頻度で来店し、深い投資をして店を支えてくれるヘビーユーザーだ。彼らを引き留めるには、一撃の爆発力がある荒波機に還元(回す・設定を入れる)せざるを得ない。結果として「海」のようなマイルドな看板機は粗利を絞り出すための回収枠となり、ヘソは締め上げられた。
「回ると聞いて期待したのに、全然面白くないしイライラする」
作り手の善意は、ホールの「ヘビーユーザーを囲い込むための利益配分」という現実の前にあっけなく砕け散ったのだ。
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〜 ホールの背に腹は代えられない選択〜『デカヘソ』と『コテスタ』の葛藤〜
ホールも意地悪でそうしているわけではない。長く遊べるマイルドな台を大事に扱おうにも、隣の店が「一撃数万発狙える荒波機」を優遇して客を集めていれば、ヘビーユーザーは一瞬でそっちへ流れてしまうからだ。
このホールの苦心と技術介入の過渡期を象徴しているのが、近年の『e 東京喰種 超デカ超一撃ver.』だと思う。強烈なフックでヘビーユーザーから高い支持を集めているが、ホール運用という点で見ると「やろうと思えば釘をいじって回転率を調整できてしまう」構造だ。結果として、せっかくのデカヘソなのに良くも悪くも「デカヘソの癖に回らない」という状況が現場で多発しているように見受けられる。
ここで思い出されるのが、かつてSANKYOが試みた『STAR WARS』と酷似しているサンセイの「コテスタ(固定スタート)」だ。構造上ヘソ周辺の釘調整をほぼ不能にし、回転率の偏りを抑える試みだが、個人的には「コテスタはホールにとって極めて使いにくい存在になるのではないか」という懸念が拭えない。
ホールにとって回転率を自由にいじれないのは、日々の粗利コントロールのハンドルを奪われることを意味する。いくらユーザーに優しい設計であっても、ホールが運用しづらければ結局は扱いづらい台として長続きしないというジレンマに直面するのだ。
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〜自身もユーザーだから分かる「表の欲求」と「裏の欲求」の矛盾〜
ただ、ホールばかりを責める気にはなれない。自分自身がホールに通う一人のユーザーだからこそ、打ち手の勝手さも痛いほど分かる。
アンケートやSNSを見ると、打ち手はいつもこう言う。
「もっとまったり遊びたい」
「投資スピードを抑えてほしい」
「1万円でじっくり楽しみたい」
じゃあ、休日に自分がホールへ向かったとき、吸い込まれるように座るのはどの台か? 1万円でまったり遊べる台ではなく、結局は「万枚や数万発が狙える荒波機(ホールが優遇している台)」だったりする。
「そうは言っても、勝つときは一気に捲りたい」
「ヒリつくようなスリルと、脳が揺れるような一撃が欲しい」
ユーザー自身も無意識のうちに、「遊びやすさを求めつつも、一定以上の高い射幸性が担保されていなければ満足できない」という矛盾を抱えているのだ。
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〜「一定の射幸性」という相対評価の罠〜
この「一定の射幸性」が厄介なのは、絶対的な数値ではなく「その時代の市場で一番荒い機種」に引っ張られる相対的なものだということだ。
5.9号機から6号機初期の2,400枚規制の時代、「出玉が少なすぎて打てない」と誰もが愚痴をこぼした。だが、スペック単体で見ればひと昔のパチンコやパチスロに比べて極端に低いわけではない。
※もちろんこの時代は『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』や『魔法少女まどか☆マギカ』といった怪物マシンが現役で稼働していたため、そちらと比べるとあまりに酷ではあったのだが……。
問題は、市場に存在する一番荒い機種と無意識に比べてしまうことだ。
コンプリート機能(19,000枚/95,000発)を狙える機種が並ぶ今のホールにおいて、打ち手(私自身も含めて)の脳内麻薬の閾値は上がりきっている。この環境でいくら開発が「これが新しい遊びやすいスペックです」と提示しても、市場の最高峰にある刺激と比べられ、「物足りない」「打つ価値がない」と一蹴されてしまう。
射幸性の基準は、その時代に一番ウケている機種の強い刺激によって、常に書き換えられ続けている。
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〜ズレ続ける思惑の先にあるもの〜
メーカーは「今のホール市場で勝てる強いスペック」を提案し、
ホールは「ヘビーユーザーを呼ぶために高射幸性機を優遇し、他で粗利を確保」しようとし、
ユーザーは「まったり遊びたいと言いながら、一撃の刺激に吸い寄せられる」。
制作会社にいた人間として、そして一人のパチスロ好きとして痛感するのは、ユーザーの「表の欲求(建前)」だけを真に受けて作った機械は、今の市場では絶対に生き残れないという冷徹な現実だ。
三者の思惑が同じベクトルを向くことは、構造上これからもないのかもしれない。それでも今日も自分たちは、噛み合わない歯車と自分の中にある矛盾した射幸性への欲求を抱えたまま、ホールのハンドルやレバーを握り続けている。
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永田さんさんの
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このコラムへのコメント(1 件)
初代乙女くらい通常時に電チューで拾ってくれる台が好きでした。