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モーニングの思い出(パチスロ編①)
モーニングの思い出(パチスロ編①)
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枠下蒼7さん
オリンピア、ネット、エレクトロコインジャパンで営業担当。遊技機販売業者では裏モノの製造、販売も経験。ホールスタッフ、パチス◯マニアックスでのブロガーなど多方面から業界に関わってきました。 Twitter:@wakushita_shion ヤンデレ好き - 投稿日:2020/12/16 00:20
パチンコのモーニングは、どちらかといえば「遊技条件を有利にする」ものが主流でした。では、パチスロではどうだったのでしょうか? それはズバリ「BIGをもらう」ものでした。擬似ボーナスなど存在しない時代です。400枚前後の獲得が可能な純粋なBIGボーナスがもらえたのです。
モーニングの仕組みは「店側が何らかの方法でBIGボーナスを引くまで打つ」というものでした。この作業は閉店後に店員が当たるまで打つ、打ち込み機を使うパターンが殆どでしたが、一部の激しい機種はスイッチ一つで仕込めたりしました。
BIGが成立したら、そのまま放置して開店するのです。すると、お客は1P、下手したらコイン1枚で労せずBIGボーナスを獲得!となります。これがパチスロにおけるモーニングサービスです。
もちろん、店側も簡単にお持ち帰りされては商売あがったりです。そのため、次のような対策をしていました。
①設定は低い
高設定にモーニングとなれば、投資1000円で大赤字になるかもしれません。低設定にモーニングは、お客も納得のことでした。店もどうせ飲まれるのだからと思っていましたね。
②交換禁止時間
午前11時間まで、開店から1時間は交換禁止という店が多くありました。これはモーニング食い逃げ防止です。①のように設定に期待できないので、大抵は飲まれて終了でした。しかし等倍返しを利用するなどして禁止時間を乗り切る猛者もおりました。
※等倍返しとは3号機までに存在していたもので、ボーナス成立後は小役が高確立で成立し、コインがほとんど減らなくなります。5号機でのボーナス成立後にリプレイ確率がアップする感じです。
③千円開放
店として困るのは千円だけ借りてモーニングを見付けるまで台移動される行為です。そのため使い切るまで監視をすればいいのですが、簡単には出来ません。そこで店員の目の前で千円札を投入して借りたのを確認して電源を入れるようにしていました。
地元にあった店では「新台入れ替えのパチスロは全台モーニング」だったので、最初に二千円分を借りることを強要されました。
④出目を変更する
手作業でやっていると、うっかりリーチ目を出したままということもありました。そのため開店時にはセンターに777と並べてリーチ目を消す店もありました。ジャグラーなど告知ランプのある台はランプを抜いて光らなくしたり、ランプをアルミ箔で包んだりしました。初代ジャグラーを打った人の中には、光らないジャグラーをご存知の方も多いかと思います。
BIGを仕込むモーニングは1996年頃に警察の取り締まりが厳しくなり、徐々に消えていきました。しかし、その後はAT機やストック機のモーニングへと姿をかえていくのでした。
~続く~
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枠下蒼7さんの
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このコラムへのコメント(4 件)
パンチ、鍵束、腕捲り(イラスト付)
両替機の上には缶コーヒーと灰皿。
咥え煙草は当たり前でしたね。
当時はとにかく店員さんが怖かった。打つときのマナーもしっかり勉強させてもらいました。
今の若いのが、足投げ出したり、台パンしたり見てるとねえ。当時ならパンチの店員さんなら、兄ちゃん泣きたいのか、なんてね。良くも悪くも社会勉強でしたね
初代は豆電球がはまっていただけなので、簡単に抜くことが出来ました。
4号機から認められた告知ランプも、モーニングを入れる店にとっては邪魔物でした。
お客も違和なしで告知しないジャグラーを打っていました。
等倍返しで一時間、出禁、事務所にご案内ですね(汗)
>等倍返しを利用するなどして禁止時間を乗り切る
初めて聞きました笑 お店もお客もいろいろ考えますね。。