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口癖
口癖

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アカバネさん
- 投稿日:2016/10/07 01:23
通い慣れた定食屋。
「いらっしゃい」
お世辞にも愛想が良いとは言い難い主人の、さして歓迎の意を感じられない言葉に迎えられる。
開店直後のまばらな客に交じりながら、朝食とも昼食とも付かぬ食事の時間が始まった。
メニュー表を覆う古びたラミネートから、指先に僅かな不快感が伝わる。
意図的に無視して、メニューに目を走らせた。
ここに通った数とメニューのそれとでは、前者が圧倒的に上回る。
しかし、メニューの中には未だ注文したことがないものも多い。
食事について冒険しなくなったのは、いったい、いつからだったろうか。
食事だけではない。日常の細々とした事柄について、保守的な選択が年々増えている。
気に入ってはいなくとも、積極的に変更するほどではないことは、変更しない。
消耗品も同じものを買い続け、移動の際も同じ道を選ぶようなったのは、いつからだったろうか。
「仕方がない」
これが口癖となった頃と、時を同じくするように思われる。
その日も、いつもと同じ注文をした。いつもの味を胃に押し込んで店を後にする。
いつもの道で、いつものホールに向かう。
それもまた、仕方がない。
久しぶりの秋晴れに不釣り合いな電飾が、誘蛾灯のように存在感を示している。
全身で歓迎の意を表明するスタッフを横目に、不吉に煌びやかなトンネルを歩き回る。
さて、今日は何を打とう。
どれだけ通い慣れても、この瞬間の高揚感は変わらない。
日常的な何かを選ぶ場合とは異なる、非日常への入り口。どう転ぶかは神のみぞ知る。
サアサア、お立合い。これより手前が立ち向かいますは自動珠遊器。鬼が出るか、蛇が出るか。廻し
てみてのお楽しみ。
廻してみるまで分からぬのなら、廻してみせよう、勇ましく。
ここは地の獄、阿修羅の巷。悪鬼羅刹の社交場。是非善悪の彼岸なら、そこに咲かせる華もある。
などど、気取ってみたところで何かが変わる訳でもない。要するに、いつも休日である。
結局、地獄と所縁のある一台に座った。
相応の時間と相応の金額を消費し、その瞬間は訪れる。安堵と欲望の狭間。
平坦路はない。降った後には登るのみ。
振り返ればスタート地点が高くに見える。目前の道が、それを超えた高さまで続くこと祈った。
淡い期待と色濃い不安を素知らぬ顔で、液晶は忙しなく動く。
廻る、揃う、玉が出る。また廻り出す。
青と赤のせめぎ合い。赤はよいよい、青なら怖い。
少女が人を、地獄へ流す。流す、流す、また流す。
気が付くと随分高くまで来ていた。歩んだ道が、アンバランスなVを描いている。
どうやら今日は、少しだけ豪華な晩酌になりそうだ。
無機質な表情で佇む少女の装いは、いつの間にか白無垢へと変わっていた。
その姿は、ある記憶を掘り起こした。
少し前のことである。長い付き合いになる友人から籍を入れたとの報を受けた。
予め断っておくが、彼に恩こそあれど怨はない。単純に、衣装からの連想である。
互いに遠方に住んでいるため、電話越しの話となった。しかし、在りし日と変わらない、どこか人懐
こいような、どこかニヤケたような笑顔が目に浮かぶようだった。
彼が言う。
「この前、指輪を買いに行ったよ。店員が指輪の値段は愛の大きさだなんて言うもんだから、つい奮
発しちゃってさあ。いやあ、痛い出費だ」
内容とは裏腹に、声の抑揚は痛痒すら感じさせない。
ぼかしつつも、その額を聞く。行儀が良いとは言えないが、今さら気後れする関係でもない。
相場に疎いため、それが高いのか安いのかは計りかねた。
しかし、奇しくもそれは今年に入って費やした遊戯費用とほぼ同等の額だった。
背後に積まれた鈍色の玉が高きに達するのも、久しぶりの出来事ですらあるのだ。
同じ金額を消費しながら、彼我の絶望的とも言える差に自嘲気味な笑いがこぼれる。
「まぁ、ご夫婦円満に、な」
そう言って通話を終えた後、深いため息と共に何かを吐き出す。
かつて、確かにひとところに立っていた。手を取り合える距離にいた。
それが今、秋夜に映える月より遠い。
ふと、芝居の台詞が口をつく。
「十六年は一昔、ああ、夢だ夢だ」
これもまた、仕方がない。
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アカバネさんの
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このコラムへのコメント(1 件)
この味で、筐体写真1点。文字量は短めにすると、コピーライターの文章ですね。
敢えて漢字にする言い回しとか、この繊細さ。私の原稿だと使うタイミングがまったくないので羨ましい(笑)。